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脱炭素で稼ぐビジネス生まれるか、官民2兆円超投入「GI基金」の現在地

脱炭素で稼ぐビジネス生まれるか、官民2兆円超投入「GI基金」の現在地

川重の液化水素運搬船のイメージ(川重・NEDO提供)

日本のカーボンニュートラル(CN、温室効果ガス排出量実質ゼロ)実現への旗艦となるグリーンイノベーション(GI)基金事業が始動して約1年が経過した。現状では2050年にCNを達成するためには世界で毎年1000兆円の投資が必要と試算されている。経済合理性を満たしてCNを実現する技術はまだない。脱炭素で稼ぐビジネスモデルもこれからだ。23年は、官民を挙げて新しい産業構造を作る第一歩となる成果が見える年になる。(小寺貴之)

2兆3195億円を投入、官民で「稼ぐ戦略」

GI基金のプロジェクトの組成は21年3月に始まり、大規模水素サプライチェーンと水電解水素製造のプロジェクト第1陣が同8月に動き出した。その後、資金やプロジェクトが追加され、いまだすべてのプロジェクトが始動していない巨大な技術開発事業になっている。22年11月時点で1兆8338億円の基金拠出が決まり、民間企業の投資分を合わせると官民で2兆3195億円が脱炭素技術に投入される。この金額はさらに伸びる。

この巨大事業の運営マネジメントにあたり、経済産業省は開発企業の経営者にコミットメントを求めている。経産省の部会の下の分野別ワーキンググループで、企業全体の経営戦略の中でのGI基金プロジェクトの位置付けや推進体制、経営者自身の関わり方を示してもらう。プロジェクトの監督や報酬評価項目に反映されているか確かめる。

そして重要なのは脱炭素で稼ぐ戦略だ。国際的なルール形成や技術の標準化など、周辺政策への接続の検討を始めている。これを支えるのは経産省のそれぞれの担当課だ。経産省カーボンニュートラルプロジェクト推進室の笠井康広室長は「省内では戦略的な視点がなければ発表できないことになっている」と説明する。経産省内に推進室を置いて原課を監督する仕組みを設け、原課には経営者と一体となって戦略を練らせている。

この下で企業の技術者たちと開発を進めるのが新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)になる。NEDOの委員会では技術開発と並行し事業面をモニタリングする。技術優位性が市場の変化に適応しているか、事業化する際の資金計画は適切か評価する。

GI基金事業ではプロジェクトマネージャー(PM)を参加事業者から招くための環境を整えた。笠井室長は「事業者出身のPMは経営者や事業担当役員と話がしやすい」と指摘する。PMは経営と現場をつないで巨大事業を回す。NEDOグリーンイノベーション基金事業統括室の梅原徹也室長は「NEDOが蓄積してきたマネジメントを遺憾なく発揮できる」と説明する。

ここまで深い戦略立案体制が必要なのは、脱炭素が国際ルール形成と技術開発、産業政策が密接に結びついた国家的課題になったためだ。素材産業では排出する二酸化炭素の価格一つで製品の採算性が激変する。海外では脱炭素を非関税障壁として機能させる政策の検討や、金融機関と組んで脱炭素への取り組みを評価する認証ビジネスが始まっている。

同時に資源国は安価なエネルギーを武器に産業を育ててきた。この優位性を手放さず脱炭素での商機を狙っている。日本はGI基金事業として官民で大型投資を決め、それを実現するために必要な施策を総動員する。

水素活用・次世代船舶、「海事のリード」生かす

足元では開始の早かった事業から最初の成果が生まれている。水素サプライチェーンプロジェクトでは川崎重工業が16万立方メートルの液化水素運搬船の基本設計承認を日本海事協会から取得した。現在最先端の液化水素運搬船「すいそふろんてぃあ」の128倍の容量になる。NEDOの釘宮貴徳PMは「一度の搬送量が増える。大型化はコストに最も効く」と説明する。現状1ノルマル立方メートル当たり89円の運搬コストを30年に同2・5円へ削減することが目標だ。

山梨県企業局と東京電力などが進める水電解水素製造プロジェクトでは、16メガワット(メガは100万)級の水電解装置をサントリーの白州工場に導入することが決まった。蒸留所の熱源などに水素ボイラを利用する。完成後は世界トップクラスのグリーン水素の製造・利用拠点になる。固体高分子型水電解装置の大型化とモジュール化を進め、30年までに装置コストを1キロワット当たり6・5万円に引き下げる。

川重の水素焚き二元燃料エンジンのイメージ(川重・NEDO提供)
日本郵船のアンモニア燃料アンモニア輸送船のイメージ(日本郵船・NEDO提供)

次世代船舶の開発プロジェクトでは日本郵船IHI原動機(東京都千代田区)がアンモニア燃料タグボート、伊藤忠商事などが20万トン級のアンモニア燃料船の基本設計承認を取得した。アンモニアを燃料として使う船は国際規則が存在しないため、船体やエンジンについて通常よりも細かく承認を取っている。審査する日本海事協会にはリスクアセスメントなどの知見がたまる。

川崎重工は16万立方メートルの液化水素運搬船に搭載する水素焚き二元燃料エンジンの承認も取得した。運搬中に蒸発する水素を発電に利用する。NEDOの川北千春PMは「燃料電池に比べて発電効率も積載効率も勝る」と説明する。

川崎重工は船体は水素サプライチェーン、エンジンは次世代船舶の開発と、同じ企業でも複数のプロジェクトに参加し、それぞれが連携している。PMの連携も同様だ。水素サプライチェーンの釘宮PMと次世代船舶の川北PMは「船は間に合うのか」、「エンジンは間に合うのか」と冗談を交わしながら進捗(しんちょく)を確認する仲だ。

今後、脱炭素の巨大なサプライチェーンの中でどの技術で標準を押さえ、どの技術で稼ぐかシビアな判断を求められる段階を迎える。重要特許をオープンに提供し、日本企業のコア技術を使わねばならない状況を作るなど、各企業の技術戦略と密接に絡んだ標準化戦略や国際ルール作りが必要だ。海外勢に対して日本はここで後れを取ってきた歴史がある。

川北PMは「日本は国際海事機関(IMO)の海洋環境保護委員会の議長を国土交通省から出すなど、海事はリードできている分野」と説明する。舶用燃料のライフサイクル温室効果ガス排出量評価は日本などが作成したガイドライン案をベースに検討が進む。今後、省庁の枠を超えた脱炭素施策へのつなぎ込みが重要になる。官民で脱炭素で稼ぐ産業を作ることができるか、マネジメントの手腕が問われることになる。

日刊工業新聞 2023年01月06日
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
政策の総動員、オールジャパンなど、使い古されたフレーズを本当に実現するときがきました。従来、国プロは企業の中で重点投資から外れた開発項目の受け皿やコンソーシアムで業界をまるごと抱き込む護送船団プロジェクトになってきました。これはこれで意味はあるものの批判の的にもなっています。失敗する理由の一つに掲げた課題の大きさに対して予算が小さいことがあります。今回は予算総額の面では十分なはずです。どう配分するか、事業化段階での資金計画をどうするかなど難しさはありますが、予算規模は言い訳になりません。標準化や国際ルール形成など、これまでの蓄積、資産を使ってカーボンニュートラルを実現します。そしてNEDOの試算では400億トンのCO2削減に世界で毎年1000兆円、排出量ゼロだと毎年2700兆円の対策費用が必要だと推計されています。この巨額の負担を世界が受容可能なレベルに落とすためのイノベーションは必須です。既存の脱炭素メニューは着実に進めつつ、社会や経済に劇薬となる環境施策を回避するべく技術開発を進めなければなりません。環境系の認証ビジネスに対しては、認証ビジネスや環境格付け会社、コンサルタントが肥え太っても本末転倒なので、彼らが誘導した環境投資の何%が本当に環境に効果があって、何%が界隈を食わせるために使われているのか検証された方がいいように思います。産業の資金循環を円滑にするために生まれた金融は、いつの間にか産業を支配する手段になりました。彼らが企業に求めるように開示させ、間接コストは社会に受容されるのか判断できる環境は整えた方がいいと思います。先進国の環境コンサルタントやロビー活動の経費は、途上国の脱炭素の取り組みとどちらが大きいのか。こうしたデータは日本の発言力を高めるためにも大切です。脱炭素を建て前とした非関税障壁ができたり、日本の大学が海外の大学ランキングに右往左往するのと同じ構造ができないようにしないといけません。こう考えるとアカデミアの役割は大きいと思います。

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