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先行する米メタは採算性悪化、メタバースに注力するドコモ・KDDIは商機を掴めるか

先行する米メタは採算性悪化、メタバースに注力するドコモ・KDDIは商機を掴めるか

NTTコノキューが展開するマルチデバイス型メタバース「XRワールド」

大手携帯通信事業者がメタバース(仮想空間)分野に力を注いでいる。NTTドコモはメタバース新会社を立ち上げ、2022年10月に事業を始めた。KDDIも仮想空間上で東京・渋谷を再現した「バーチャル渋谷」の拡充に取り組む。ただ、メタバース市場はいまだ黎明期。先行する米メタ(旧フェイスブック)は、開発費の増大で採算性悪化に苦しむ。通信各社が第5世代通信(5G)などを武器に商機をつかめるかが、将来の情報通信技術(ICT)の動向を占う上でも注目される。(張谷京子)

リアル・XR連動 VBの「世界の尖った技術」注目

「5Gの高速性や低遅延といった特徴を生かすアプリケーションとして代表的なものの一つ。回線の性能をギリギリまで使う」―。ドコモのメタバース子会社として22年10月に事業を始めたNTTコノキュー(東京都千代田区)の丸山誠治社長は、メタバースにおける通信の重要性をこう強調する。

メタバースの普及で3次元(3D)データの伝送需要が高まれば、5Gなどの通信は一層の高度化が求められる。メタバースと既存の通信サービスを併せて提供することは、通信会社にとって相乗効果が大きい。

メタバース市場にはメタをはじめとしたIT企業やゲーム会社などさまざまな業種からの参入が相次ぐが、丸山NTTコノキュー社長は「当社は(サービスに合わせて回線をチューニングするといった)通信事業者としてのノウハウを蓄えている。他のプレーヤーより有利なところはある」と胸を張る。

NTTドコモは子会社のNTTコノキューを軸にXR事業の拡大を狙う(昨年9月の記者説明会。右から2人目が丸山NTTコノキュー社長)

同社はNTTグループのXR事業を集約して誕生した。XRは仮想現実(VR)拡張現実(AR)などの総称で、メタバースも含まれる。当初資産600億円の大半を開発費に投じる。

個人・法人向けに、メタバースや、現実世界をデジタル空間上に再現するデジタルツインを展開。軽量グラスなど、VR・AR用のデバイスも開発予定だ。丸山社長は「今のVR・ARとデバイスはかなり“密結合”になっている。ニーズは確実にある」と自信をのぞかせる。

一方、KDDIは5Gを軸に、金融やデジタル変革(DX)、エネルギーなど多様な分野に商機を見いだす。同社にとってメタバースもその一つだ。バーチャル渋谷の立ち上げを指揮したKDDI事業創造本部の中馬和彦副本部長は「インターネットビジネスは、一番先にやった企業が勝ち。新しい時代が来るのであれば、先行的に何でもチャレンジするのが基本的なスタンス」と認識を示す。

KDDIが手がける「バーチャル渋谷」。東京・渋谷の街を仮想空間上に再現した

東京都渋谷区などと組んで立ち上げたバーチャル渋谷は、スタートアップのクラスター(東京都品川区)のメタバースプラットフォーム(基盤)上で20年5月に開設。これまで音楽ライブやハロウィーンなどのイベントを開催し、累計約130万人以上を動員している。

22年2月には「バーチャル大阪」も開設した。ただ中馬副本部長は「私がやりたいことの5%しかできていない」と話す。今後は、デジタルツインを活用して、現実世界とバーチャル空間を連動させることなどを進める。

KDDIは従来、他企業との提携によるビジネス拡大を得意としてきた。「今XRで良いものを生み出しているのは、スタートアップ。日本のXRのスタートアップの半分以上はKDDIが投資している」と語る中馬副本部長は、クラスターの社外取締役も務める。世界の尖った技術を持つ企業に早期に目を付けて提携を広げる戦略で、メタバース分野の拡大を目指す。

新デバイス掌握で〝ゲームチェンジ〟 米メタ、背景にIT大手への対抗心

メタバース市場ではゲーム会社が先行する一方、ゲーム関連以外に目を向けると、メタバースでマネタイズ(収益化)に成功している企業はメタを含めて存在しない。メタは21年のフェイスブックからの社名変更で、メタバースをバズワード化させた火付け役だ。

もともとメタのマーク・ザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)が夢見ていたのは、“次世代のコンピューター”。映画やニュース、会員制交流サイト(SNS)の全てを楽しめる新しいデバイスを作りたいという思いで、14年にVRゴーグルの米オキュラスを買収した。

背景にあるのは、他の米IT大手への対抗心だ。メタバース市場に詳しいデジタルハリウッド大学大学院教授の新清士氏は「メタはビジネスを拡張する上でのデバイスの重要性を認識している。ただパソコンは米マイクロソフトに、スマートフォンは米アップルと米グーグルに占領されていた」と分析。メタは新しいデバイスを掌握することで“ゲームチェンジ”を図ったという。

実際メタのVRヘッドセットは「(メタバース)市場で7―8割のシェアを持つ」(新氏)など、メタが同市場の先頭を走っているとも言える。同ヘッドセット向けのアプリケーションストアも展開するなど、収益源を多角化している。

ただ問題とされるのが、投資金額に見合ったリターンが得られていないこと。従来メタは「ハードウエアを安く売ってソフトウエアで利ざやを稼ぐビジネスモデルを目指してきたが、現在のメタバース市場で一番遊ばれているサービスは無料のもの」(同)。メタバース事業に毎年1兆円規模の投資を実施するメタにとっては頭の痛い現実だ。

メタの資金力をしのぐメタバース事業者は他にない。日本の携帯通信事業者がメタバース分野で生き残れる可能性はあるのか―。丸山NTTコノキュー社長はメタとの力関係について「“がっぷり四つ”ではないものの、顧客のニーズに合うものを提供できれば十分勝負になる」と話す。

ICTの世界において、ゲームチェンジはこれまでも起こってきた。例えば「もともと通信会社が持つインフラは独自の世界だった。しかし近年のインターネットの進化の中で、米アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)などがストレージ(外部記憶装置)といったインフラレイヤー(層)まで浸食してきた」(業界関係者)。現時点でメタバース市場での勝者は明確ではなく、通信会社が台頭する可能性も考えられる。

ただ、次世代インターネットは始まったばかり。電子情報技術産業協会(JEITA)はメタバース市場が21年から年率16・9%成長し、30年に世界需要額が1866億ドル(約25兆円)になると予測する。巨大市場の中で通信事業者がどれだけ存在感を示せるか、注目が集まる。

日刊工業新聞2023年1月1日

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