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意外と知られていない「リスキリング」の本当の意味と実行の難しさ

『自分のスキルをアップデートし続ける リスキリング』(後藤 宗明 著)
幅広い視野の獲得に役立つ書籍をビジネスパーソン向けに厳選し、10分で読めるダイジェストにして配信する「SERENDIP(セレンディップ)」。この連載では、SERENDIP編集部が、とくにニュースイッチ読者にお勧めする書籍をご紹介しています。

リカレント教育とは異なる「学び直し」

「リスキリング」という言葉を目にする機会が増えた。日本政府は「人への投資」に「5年間で1兆円を投じる」と表明し、リスキリングに取り組む企業への助成拡大などを打ち出している。

リスキリング(reskilling)は「学び直し」という訳語があてられることが多いが、しばしば似た文脈で語られる「リカレント(recurrent)教育」とは意味が異なる。辞書で引くと、reskillの意味が「(再就職などのために)新しい技術を身に付ける」であるのに対し、recurrentは「周期的に起こる」であり、リカレント教育をそのまま解釈すると「繰り返し教育」といった意味になる。

この二つの言葉の違いについて書籍『自分のスキルをアップデートし続ける リスキリング』(日本能率協会マネジメントセンター)では、それぞれが注目されるようになった背景から解説されている。

それによると、リカレント教育は「人生100年時代」の生涯学習の一環として注目された。その内容には趣味など個人の関心も含まれており、実施責任は個人にある。

一方のリスキリングは、AIやロボットといったテクノロジーの発展により「人間の仕事が失われる」という社会課題への対策として注目された。したがって、新しい職業に就くことや、企業などの組織が事業の変革に伴い、従業員に未経験のスキルを身に付けさせるのが目的で、実施責任は基本的には組織側にある。

リスキリングが注目される今、300ページ強のこの書籍は、基本の知識を得るのに最適な一冊だ。リスキリングの定義から、具体的な取り組み方、ツールまで網羅的に紹介されているからだ。

著者の後藤宗明さんは、日本初のリスキリングに特化した非営利団体として2012年に自ら設立した一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブの代表理事。22年には、AIを利用してスキル可視化を可能にするリスキリングプラットフォーム、SkyHive Technologiesの日本代表に就任した。

リスキリングの機会は豊富だが「甘くない」

後藤さんは、リスキリングを「新しいことを学び、新しいスキルを身につけ実践し、そして新しい業務や職業に就くこと」と定義する。すなわちリスキリングは「学び」だけではない。身に付けたスキルを活用する段階までを含むのだ。

実際に業務で使えるレベルの知識や技術、技能を身に付けるリスキリングは、決して簡単ではない。後藤さん自身、たいへんな苦労をしたそうだ。

40歳を過ぎて、それまで携わっていた社会起業家向けのアクセラレーター事業のNPOから、フィンテックを手がけるテクノロジー企業へと転職。新しい職場では当初、ミーティングの会話がまったく理解できなかったそうだ。

そこで、分からない単語をすべてノートに書き出し、自宅で検索して調べ、それでもわからなければミーティング参加者に聞くという地道な努力を続けた。すると3カ月ほどで何とかついていけるようになったという。後藤さんが努力を続けられたのは「なんとしてもスキルを身に付けるのだ」という覚悟があったからなのだろう。

逆に考えれば、強い覚悟や危機感が、リスキリングのモチベーションになるということだ。私の知人の話になるが、昨年、自動車部品メーカーの設計分野のプロジェクトマネージャーから、米SaaS大手のカスタマーサクセス部門に転職した。聞けば、もといた企業がコロナ禍で業績が急速に悪化。業界全体の長期的な将来も心配で、成長が見込まれる業界への転職を考え始めたという。そして、本書の中でも紹介されているオンライン講座サービス「Coursera(コーセラ)」でAIやデータ分析などのコースを履修、1年足らずで転職に足るスキルを身に付けた。

じつはこの知人に「絶対に学んでおくべき」と背中を押され、私も薦められたコースに登録してみた。しかし実際に受講し始めると、計画的に時間を確保し、努力を継続していかなければ、とても最後まで続けられないことが、すぐにわかった。覚悟も危機感も中途半端だった私はあえなく脱落。学ぶチャンスはいつでも、たやすく手に入れられることはわかったが、「使える」レベルまで学びをまっとうするのは難しいと痛感した。

後藤さんも触れているのだが、ミドル世代の転職は、もちろん成功例もあるものの、キャリアダウン、給与ダウンのケースの方が多く、決して甘くないことを忘れてはならないだろう。

誰もがリスキリングなしには働き続けられなくなる?

「今の仕事に足りないスキルも不満もないし、そんな大変な思いをしてまでリスキリングする必要はない」と感じる方もいるだろう。しかし、今、あるいは少なくとも近い将来、それが必要になる可能性は高い。

新型コロナウイルス禍で、それまで触れたこともなかったオンライン会議のツールを使いこなせるようになった人は多いはずだ。今後、そうした働き方や「働くためのツール」の変化がますます速く、多様になるのは間違いない。都度、環境に適応していく力が必須だ。後藤さんはこの書籍で、リスキリングを拒む大手企業勤務の50代社員が、その会社にとどまっても、転職したとしても、いずれも時代に適応できずに孤立していくストーリーを記している。あくまで架空の話だが、過剰なプライドからとどまった会社に居場所がなくなったり、転職先のスタートアップで過去の話ばかりして「使えない」人扱いされたりする展開には、リアリティがある。

それを考えると、まずは自身のリスキリングに対する理解や考え方を見直すとともに、職場のカルチャーを変えていくことが大切になるに違いない。キャリアの長い社員が、従来のやり方に固執することなく、後輩や部下に「わからないから教えて」と気軽に言えるような雰囲気が理想だろう。

これはビジネススキルに限らない。環境問題をはじめとするSDGs対応、コンプライアンス意識の高まり、ハラスメント対策などについても、社会の変化に合わせて常に意識のアップデートを続けることが求められていると感じる。リスキリングの知識や理解を深めると同時に、現代に求められるマインドセットも学んでいただきたい。(文=情報工場「SERENDIP」編集部 前田真織)

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『自分のスキルをアップデートし続ける リスキリング』
後藤 宗明 著
日本能率協会マネジメントセンター
336p 2,035円(税込)
情報工場 「読学」のススメ#110
吉川清史
吉川清史 Yoshikawa Kiyoshi 情報工場 チーフエディター
リスキリングについては後藤宗明さんがエバンジェリストとなり活躍しているが、この記事にある通り、リスキリングは本来、転職や新事業開発などに伴い「必要に迫られて」行うものであり、欧米では主にDX(デジタルトランスフォーメーション)の関連語として使われているようだ。なんとなく「今の時代、身に付けておいた方がいいんだろうな」と思いついて講座を受けてみるのは、本来リスキリングとは言わない。雇用の流動性が高い米国などと違い、これまで日本ではリスキリングが必要になるケースが少なかったと思われる。また、社内の異動や転勤がひんぱんにあり、そのための研修制度がしっかりしている企業も少なくないはずだ。そうした研修が、正しくリスキリングに当たるのではないか。日本の企業文化に合った「日本型リスキリング」の開発が必要なのかもしれない。

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