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ゲノム編集の社会実装、研究者はいかに社会とコミュニケーションを取るか。

研究者に聞きたい。「科学コミュニケーションのあり方」  #1

遺伝子の一部を変え、特定の機能を強めたり弱めたりする「ゲノム編集」。従来よりも短期間で品種改良を行えることから、医療や食料の分野で応用が進む。

一方で「生命の設計図」とも呼ばれるゲノムを人工的に変更することには根強い懸念もある。利便性と社会の理解をいかに両立するか。社会実装に向けて明確にすべき点は多い。

京都大学大学院農学研究科の木下政人准教授は、魚介類へのゲノム編集を研究する傍ら、研究成果を実用化するスタートアップを立ち上げた。ゲノム編集の社会実装や科学コミュニケーションに対する考え方について聞いた。

新しい技術が社会実装されるには、社会や国民から受け入れられる必要がある。社会受容性の議論を抜きに、社会実装は成しえない。こうした前提に研究者はいかに向き合ってきたのかを聞く。

――ゲノム編集の研究を始めたきっかけは。

学生の時は水産について研究をしていた。当時は分子生物学が未発達だったが、1980年代に遺伝子導入の技術が発明され大きく変わった。マウスを使った実験で体重を2倍に大きくするという成果が出た。これを魚の分野に応用できたら水産業の可能性が広がると思い、分子生物学を始めた。

ただ、遺伝子組み換えは普及しなかった。また遺伝子発現を制御する方法が魚にはそのまま適応できなかった。こういった状況ではやってみたいと思っても、次の研究につなげるのは難しい。

しかし、ゲノム編集の登場で潮目が変わった。遺伝子組み換えでは技術的に難しかったこともできる可能性が見えてきた。そこで当時、遺伝子組み換えを研究していた仲間と一緒にやろうとゲノム編集の道に進んだ。一貫して「より良い品種」を作りたいという思いは変わらない。

――遺伝子組み換えが否定的に受け止められた原因をどう分析していますか。

二つ理由があるのではないか。一つは遺伝子組み換えが消費者メリットにつながらなかったからだ。農薬に強くなるなど、生産者メリットを追い求めたため消費者にとって魅力ある品種に映らなかったと考えている。

もう一つが遺伝子の知識が知れ渡っていなかった点だ。新しい技術だったため、技術の名前なども浸透していなかった。「知らない」ことへの恐怖はあったのではないか。今は当時に比べ、PCRなどのバイオテクノロジーの単語がメディアに出てくる機会が増えた。義務教育でもデオキシリボ核酸(DNA)など遺伝子学の記述が増えてきていると感じる。若い人ほど抵抗感が無くなってきているのではないか。

――誰しもが技術に詳しいわけではありません。不安は付きまとうのではないですか。

不安の正体は「よく分からない」に尽きる。私自身、メディアでゲノム編集技術をわかりやすく説明することに努めている。すると、近所の人から「あの魚を食べたい」と声をかけられる。そこには「ゲノム編集」への理解と、私とその人との信頼関係がある。安心は作っている人を「信用できるか」という点が大きなポイントだと考える。

実際、講演会などでゲノム編集について話すと、もっと聞きたいという人が集まってくる。そこでお茶でも飲みながら話していると、納得してくれる。食品のバイオテクノロジーに反対する人にも、直接会って話をすると理解してくれることは多い。そこで会った人が周りの人に伝えてくれる。それを繰り返していく。安心はそういった部分からしか生まれないと思う。

今でこそ違うが、かつて大学の研究は「ピュアサイエンス」をやることが至高であり、社会実装や特許を取るのはけしからんといった風潮はあった。そうした状況では、やはり社会との距離感は離れていく。「その技術が何に役立つのか」「何をやっているか分からない」という感情は不信の温床だと思う。そこを埋める努力はしたい。

――年齢層によってアプローチは変わってくるかと思います。

通常のマダイとゲノム編集したマダイの比較(下がゲノム編集したマダイ、リージョナルフィッシュ提供)

若い人にはとにかく食べてほしい。分かりやすい消費者メリットをしっかり打ち出して、しっかり選んでもらえるようにする。成果を実用化するスタートアップでは、原価の低減など生産者メリットを強調している。最終的には消費者メリットを打ち出さないといけないが、生産者へアプローチすることが、価格など消費者のメリットにつながると考えている。

分子生物学の中だと動物研究は反感を買いやすい。それでも必要性や安心を打ち出しながら、社会に受け入れられる取り組みは続けていく。

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