ニュースイッチ

新たな“秒の定義”になるか…ノーベル賞候補、香取東大教授が語る「光格子時計」の世界

2022年の本田賞受賞
新たな“秒の定義”になるか…ノーベル賞候補、香取東大教授が語る「光格子時計」の世界

東京大学の香取秀俊教授(本田財団提供)

2022年の本田賞受賞者に、東京大学の香取秀俊教授が選ばれた。300億年に1秒のズレしかない「光格子時計」を開発し、新たな“秒の定義”の有力候補となっている。ノーベル賞候補者にも名が挙がっている香取教授に最近の取り組みなどを聞いた。

―1秒の定義が変わると、人の生活に影響は見られますか。
 「大きな影響はないだろう。一般の人が定義を変えなければならないと感じるようになった時はまずい状況。標準を決める“定義”のありがたさが分からないくらいが一番かもしれない。そのような研究に携わることができたのは感慨深い」

―新たな1秒の定義には競合はいますか。  「光格子時計にも種類があり、対象とする原子がストロンチウムとイッテルビウムの二つが主流。また、原子一つを対象に測る『単一イオン原子時計』もあり、どれ18ケタの精度で時を計れる。それらを比べた時に、研究者が一番多いのはストロンチウムを使う光格子時計だ。約10年前から次の秒の定義は光格子時計だと言われてきて、30年には確実に採用と見られていることがうれしい。ただ複数の時計から一つを選ぶのは難しく、ユーザーに合った時計を選んで使うことも重要だ」

―東京スカイツリーで光格子時計の実験をしていました。
 「重力の大きさは時間に影響することが知られており、高い所ほど時間が速く進むが低い場所との時間の差は微々たるもので捉えることは難しい。ただ光格子時計だと計れる可能性が高く、約634メートルの東京スカイツリーの頂上付近と地上に小型の光格子時計を置いて実証実験を試みた。その結果、頂上と地上ではほんのごくわずかだが時間に差があることを示せた。これまでは宇宙から人工衛星を使って実験する方法が採用されていたが、光格子時計ならば地球上であっても実験できることを証明できた」

―最近進めている研究は。
 「国立天文台水沢VLBI観測所(岩手県奥州市)と共同で、光格子時計が地殻変動を捉えるのに応用できるか12月中旬ごろからデモンストレーションする予定。東日本大震災の影響で東北地方は約30センチメートル地盤が沈降し、1年ごとに3センチメートルほど隆起していることが報告された。これを東京スカイツリーでの実験に使ったものと同じ持ち運び可能な小型の光格子時計で調べる。水沢VLBI観測所と東京を光ファイバーで結び、東京スカイツリーでの実験と同じような仕組みで計測する。数年間のデータを見て、実際に地盤が隆起しているかが分かる。光格子時計が防災・減災に応用できるとみる」

「水沢VLBI観測所の研究にも光格子時計を応用したい。世界各国の電波望遠鏡をつなぎ合わせて巨大な仮想望遠鏡を作り上げる手法『超長基線電波干渉法(VLBI)』での観測に光格子時計を組み込むことで、より高精度な観測データを得られる可能性がある。もしかしたら、ブラックホールの研究の新たな知見につながるかもしれない」

(本田財団提供)

―光格子時計は世界が注目しています。
 「23年3月にも光格子時計を英国で試験運用する計画もある。日本で使っている光格子時計が他国でも18ケタの精度が見られるかを検証する。欧州では数カ国が光ファイバーでつながっており、同時に光格子時計の実験ができると見ている。現在の秒の定義となっている『セシウム原子時計』を開発したのは英国で、時間の原点とも言える国で実験をできるのを楽しみにしている。それぞれの国で18ケタの精度が確認できれば、秒の定義に選ばれる一歩になるだろう」

―今後、取り組みたいことは。
 「光格子時計はまだ研究者の手から離れていない段階。幅広く使われるには、原理や仕組みといった“中身”を気にせずに使えるようブラックボックスにする必要がある。これは光格子時計を応用するために、重要な段階だと思っている。また光格子時計の小型化を進めたい。現段階でも車で持ち運べるくらいの大きさまで小さくできたが、より小型にできれば多くの人に使ってもらえるようになると思っている」

【記者の目】
1秒の定義は30年にも変わる。たった1秒かもしれないが、それを定めるには複雑な技術が詰め込まれている。日本人には世界の標準を変えるほどの技術力があることを世界に示せるチャンスでもある。(飯田真美子)

日刊工業新聞2022年11月18日記事に加筆

編集部のおすすめ