ALSOK参入で「国産ジビエ 」販売が抱える問題が浮き彫りに
2022年9月、爆音とともに高速でレーシングカーが疾走していく富士スピードウェイ。この日、F1と同等クラスの「FIA 世界耐久選手権 富士6時間耐久レース」が開催された。その中にキャンプサイトを併設したトヨタのイベントスペースが設けられ、千葉県茂原市の「ジビエジャポン」が、茂原産のジビエをアピールした。先頭に立ってジビエメニューを販売するのは、広告代理店を経営する、クリスタルライフの森住恵美子さんだ。森住さんが提案する、新しいジビエ販売戦略を追う。
なぜ警備会社がジビエに参入したのか?
さて、このジビエジャポンとは?
警備会社「ALSOK千葉」、有名和食店の「日本料理 竹りん」、千葉県茂原市が協同で、房総ジビエの商品の開発や販売を行っているもの。
しかしなぜ大手警備会社がジビエに関係しているのだろうか。
そこには、農作物に深刻な被害を与える鹿や猪の獣被害が背景にある。その一方でハンターの高齢化や後継者不足から、駆除をするためのマンパワー不足が問題に。その不足したマンパワーに替わり、ALSOK千葉が、警備システム付きの箱わなやくくりわなを開発し、猪や鹿の捕獲を行っていた。
さらには、自治体や近くの企業と力を合わせ、食肉処理施設「ジビエ工房茂原」を立ち上げる。と言うのも、捕獲された鹿肉や猪肉はほとんどが捨てられてしまうため、ジビエが地域の活性化に寄与できないかという思惑があったのだ。
ALSOK千葉が得意とする情報管理技術を活用したトレサビリティ(商品の生産から消費までの過程を追跡すること)の徹底、最新の施設でHACCP(ハサップ。衛生管理における国際的な手法)に沿った衛生管理によって、安全で美味しいジビエを提供できるようになる。
猪を屠殺後、スピーディで適確な解体をすることが肉のクオリティを左右する。ジビエ工房茂原では、解体後30分以内にマイナス60度まで急速冷凍するので、自然解凍後も肉が新鮮なまま。このようも発達した冷凍技術等で。より良質で安定した供給が可能になる。
処理されたジビエは、茂原市の老舗料理店「日本料理 竹りん」に運ばれ、「ジビエジャポン」ブランドとして販売されるようになったという経緯がある。
房総のジビエは世界水準のジビエになるはず
冒頭の森住恵美子さんは、もともとフードスタイリストとしても活動していた。彼女は海外でもよくジビエを食べたことがあるが、たまたま竹りんの仕事をする関係でALSOK千葉が提供するジビエに出会い、その美味しさに驚いたという。
「昔は全体的に解体処理能力が低かったので、臭いとか硬いとか言われて、敬遠されていました。でも、今はその能力がどんどん向上しています。猪は脂が命ですが、茂原をはじめとした房総産の猪はとにかく脂が甘く、旨味が濃いのです。特にALSOK千葉のジビエはフランスやスペインなどのジビエと遜色ありません。これをもっと世の中に広めたいと思い、ほとんど勝手にジビエジャポンの広報パーソンを始めました(笑)」
しかし、日本各地には数えきれないほどのご当地ジビエがある。自治体が推すジビエは、どこも「畑の農作物を獣被害から守る」という共通のお題目でブランディングされており、どれを食べても印象はそれほど変わらない。
もちろん、獣被害に貢献するというスタンスは大事だが、それだけではビジネスとして弱すぎる。
房総のジビエを“日本のジビエ”として世界に発信したい、世界標準のジビエとして売り出したいと、森住さんは試行錯誤を重ねる。そして思いついたのが、燻製した醤油ソースと塩で食べる猪肉だ。最初は燻製塩で肉を食べることを考えたが、塩では日本のジビエという点で押し出しが弱い。醤油=ソイソースならば、外国人へのアピール力も高いと考えた。
F1と同等クラスのレースのキャンプサイトで、世界発信も可能に
そんな折、前述のトヨタのブースで飲食の出展をしないかと、運営責任者のスポーツオーソリティからオファーが来た。
「私は千葉のグランピング場でジビエを出しているので、アウトドアでの提供は得意です。しかもF1と同等クラスのレースに付随するキャンプサイトなので、世界に発信するという点でも絶好のチャンスだと考えました。そこで、スポーツオーソリティの担当者にジビエジャポンの話をしたところ、品質の良さを認められてOKとなったのです」と森住さん。
出展当日は、猪肉で作った極太フランクを天然酵母を使ったパンに挟み、房総産のドライトマトと生乳100%のバターを添えたジビエドッグ、そして燻製醤油塩で食べる猪肉を販売した。どちらも森住さんのフードコーディネーターとしての手腕を発揮した自信作だ。
「おかげさまで2つのメニューは完売に近いほど、売れ行きが良かったです。『お肉が美味しいし、燻製醤油塩に合う。ワインが進む』といったご意見をもらったり、キャンプサイトに宿泊した方に、ジビエドックを翌日もリピートしていただいたり。嬉しい限りです」と、森住さんは笑う。
国産ジビエが抱える課題をいかに解決するか?
しかし、まだまだ“世界水準のジビエ”への道は遠い。
そもそも鹿や猪は、ほとんど多くが駆除されて捨てられるもの。ならば捨てる前に食べればいいと考えるが、ALSOK千葉のような高性能の処理施設を持つ企業が少なく、食肉として流通チャネルに乗りにくい。しかも安定した供給量を確保できず、通常の牛肉や豚肉に比べると価格が割高だ。海外のジビエのように、普段から一般の人々が食べるような肉とはいえない。
「今回の出展を実績の一つとして、全国展開をしている大手スーパーの精肉売り場に置いてもらえるように計画中です。また、茂原市の学校給食にも提供し、子供の頃からジビエに親しんでいるような“食育”プランも進行中です。
とにかく、世界水準のジビエになるには、一般の食卓に並ぶような大衆的なものになること。そのための販売戦略やPRが大事だと思っています」と、森住さんは、茂原ジビエの今後の展開を語る。まだまだ森住さんの挑戦は始まったばかり。茂原ジビエがスーパーに並ぶ日を心待ちにしたい。(ライター=東野りか)