「何かに“crazy”に」、日米で活躍する女性起業家が指摘する起業で大切なポイント
「起業とは、何かに“crazy”になることがとても重要です」と断言するのは、アメリカと日本で活躍する起業家の堀江愛利さん。このcrazyとは何なのかは後述するとして、まずは堀江さんの半生を紹介したい。
18歳で渡米し、カリフォルニア州立大学を卒業後、シリコンバレーのIBMに勤務し、数年間新商品をローンチするためのグローバルマーケティングを担当。堀江さんはもっと自分のアイデアを生かせる創造的な仕事がしたいとIBMを退職。いくつかのベンチャーで働いた後、31歳で出産と育児に専念するため、一度は専業主婦になった。
「シリコンバレーでは真夜中にエンジニアから電話がかかってくるほど、ものすごいスピード感の中で仕事をしていました。でも、育児に専念してみると、オムツ替えや学校の連絡などはアナログで、非効率極まりないのです……。男性がかかわることが少ない分野では、テクノロジーがあまり活用されていないことを痛感しました」
しかしこの気づきは、専業主婦になったからこそ得られたもの。シリコンバレーで働き続けていたら女性であってもスルーしていたことだったかもしれない。
育児の分野だけではなく、介護もそうだ。
40歳で実母の介護と看取りを経験した堀江さんは、介護分野にもテクノロジーの活用が少ないことに気づいた。堀江さんに大きな影響を残した母の死により、残りの人生は、社会が良くなるために自らの経験とスキルを活かしたいと思うようになる。
そこで世界の子供達がオンラインで英語を学べる教育系ベンチャーを立ち上げた。ビジネスを軌道に乗せ継続させるには、金銭的な支援が必要だが、多くの投資家は男性。それゆえ彼らの関心を得るのが難しかったという。
「私を含む多くの女性たちのニーズから生まれたアイデア、たとえば子供の教育や育児、介護系のアプリなどに投資家はあまり興味を示さなかったのです。投資のチャンスを得られずに去っていく女性たちの姿をこれ以上見たくないと思い、女性起業家の育成支援プログラムを運営するWoman’s startup Lab(WS Lab)を立ち上げました」
WSLabは当初オンラインコミュニティーから始まり、スタートから48時間以内に500人以上の女性たちが集まった。起業を目指す人だけでなく、彼女たちをサポートしたいと思う人、しかも『Forbes』に掲載されるような著名人も支援したいと集まったのだ。
2022年に日本でのプロジェクト「Amelias(アメリアス)」を立ち上げ、代表に就任した。100年以上前のアメリカで女性では初めて大西洋横断を果たしたパイロットの名前から命名した。彼女と勇気と行動にあやかったのだ。
現在のWSLabは、すでに活躍している起業家やリーダーの女性を支援しているが、日本のAmeliasでは起業前、または起業初期の女性や高校生のサポートを行なっている。起業やテクノロジーの面白さを広め、より多くの人が自らの可能性を信じてトライできるプログラムをスタートした。
また、渋谷区などの自治体や、三井物産グループのムーンクリエイティブラボなど企業とのタイアップ、海外の著名なリーダーを巻き込み、女性起業家が活躍できるエコシステム(互いに独立した企業や事業、製品、サービスなどが相互に依存しあって一つのビジネス環境を構成する)を構築し、日本では深刻なジェンダーギャップの解消も狙う。
筆者は今年の夏、Ameliasが主催した起業プロジェクトのうち、女子高生が対象の週末を利用した「起業チャレンジ」を取材した。このような起業家育成プログラムに対する日米の大きな価値観の違いは何だろう?
「アメリカでは、起業って面白そうだと、割合気軽に大勢の人が集まってくるのですが、日本人は『自分なんかにビジネスがやれるわけがない……』とおっかなびっくり近寄ってくる感じです。大手企業や有名なスタートアップはカリスマ経営者の存在が大きく取り上げられ、会社を立ち上げたらIPOをしたりバイアウトしたりして大金持ちになるというのが一つの成功例だと思われがちです。でも、ビジネスの基本は、自分の目の前の人にモノやサービスを売り、相手に喜んでもらってお金を受け取るというもの。とてもシンプルです。市場のニーズに自分の思いが合致していて、スマホやネットなどのテクノロジーを使えば、誰でも簡単にビジネスを始めることができます」と堀江さん。
また、一般の起業家育成プログラムとは違い、Ameliasでは起業家精神を醸成するためのプログラムをかなり重点的に行っている。その理由を堀江さんはこう語る。
「成功にあまりフォーカスすると萎縮する人が多いからです。結果だけでなく、どのように社会の中で、自分が”夢中になれるもの”を活かしていくかに注目していきます。“何かに夢中になる”とは、英語で『I am crazy about 〜』と言いますが、このcrazyさが起業には非常に大事にポイントに。素晴らしいアイデアにどれだけサポートがつくかがビジネスの成功を左右します。なぜなら、投資家は起業家のcrazyさに惹かれて支援を決めるからです」
さて、起業チャレンジに話を戻そう。
実際のプログラムではグループに分かれて各自がアイデアを出しながら、企画の輪郭を徐々にはっきりさせていく。初めて出会った他の女子高生ともディスカッションを繰り返し、週末2日間の制限された時間内で、数々の試行錯誤をしながら挑戦をしていく。各々のグループには、メンターもついてアドバイスする。
女子高生が考え出したビジネスプランの一例を紹介しよう。
生理用品をお菓子のパッケージ(広告)に包んで学校で配布する、都心でも増えている空き家を活用して、地方の学生のためのシェアハウスにする、アイドルオタクがもたらす経済効果に目をつけ、地方の活性化に寄与する、紅茶のサブスクリプションサービス、外国人とジェスチャーでコミュニケーションを取れるメタバースアプリの開発などなど。高校生らしいキュートで斬新なアイデアが披露された。
生理の貧困や空き家問題などは社会課題の解消を狙い、アイドルオタクのアイデアは、自分が夢中になれるもの=crazy aboutをうまくビジネスに取り込んでいると言える。さらには、自分たちの情熱をうまく表現しながらも、「論理的にきっちり詰める」冷静さが大事だとも、堀江さんはアドバイスする。
参加した女子高生の中には「学校の先生に紹介されて参加しましたが、とても楽しかった。自分が起業するなんて夢のようだけど、仲間たちで練ったビジネスのアイデアを、是非一緒に実現させたいです」と力強く語る子も。
Ameliasでは、今後継続的な支援を目標としていて、留学プログラムなどを計画している。18歳で渡米して自身の可能性を大きく広げたように「ぜひ、世界を見てほしいのです」と堀江さんは言う。
留学を決めた当時は英語がそれほどできないし、大学でもバレーボールに熱中していた堀江さん。しかしIBMに入社し、その後ベンチャーを起業したことで、それまで考えられなかった人生が開けた。もちろん、前述の通り数え切れないほどの苦労もあったが、たくさんの“ワクワク”に出合えたのだ。
まずは何かにcrazyになり、ワクワクすることが初めの一歩になる。未来の起業家の誕生を心待ちにしたい。(ライター=東野りか)