人工光合成でCO2削減 遺伝情報読み出し解明へ
私たちヒトのゲノムDNAは、直径数マイクロメートル(マイクロは100万分の1)の細胞の核に収納されている。ヒトの場合、全長約2メートルのDNAのひもがヒストンと呼ばれるたんぱく質の芯に巻き付いた形(糸巻きの芯にDNAのひもが巻き付いた構造)でコンパクトに収納されている。
DNAに記された生命の設計図=遺伝子は、たんぱく質と核酸(DNAやRNA)との巧みな相互作用によって、収納状態のDNAから読み出されている。構造生物学は、この収納状態の詳細な構造を解き明かしてきた。
しかし、生物は動いている。それを構成する分子も動いている。京、富岳といったスーパーコンピューターを活用した計算科学シミュレーションは、そういった複雑な分子同士のダイナミックな動きや絡み合いの詳細を私たちに解き明かしてくれる。
DNAに刻まれた遺伝情報は、RNAポリメラーゼによってメッセンジャーRNAにコピーされ、そのRNAの情報に基づいてリボソームという分子によってたんぱく質が合成される。DNAは右巻きの2重らせん構造をしている。この巻きの方向自体が、遺伝子の読み出しのされやすさと密接に関係していることが分かってきた。RNAポリメラーゼがDNAの上を走って情報を読み取ると、前方のDNAは巻きがきつくなる方向に力を受ける。巻きがきつくなったDNAは曲がりにくくなって、結果的にDNAがヒストンから剝がれやすくなることが分かった。つまり、RNAポリメラーゼの運動が前方のDNAをたんぱく質の芯から剝がし、メッセンジャーRNAへの遺伝情報のコピーを容易にしているのだ。
このように、DNAの収納のされ方自体に、遺伝情報を読み出しやすくする仕組みが組み込まれている。細胞内のナノスケールの分子の世界は、非常に巧みに作られている。遺伝情報を読み出す仕組みの全貌は、いまだによく分かっていない。このナノの世界で起こる分子同士の絡み合いを調べることで、私たちが想像もつかない巧みな仕組みが次々と見つかってくるだろう。これらの仕組みを巧みに使ったデバイスを開発することができれば、私たちの未来の生活も大きく変わるに違いない。
量子科学技術研究開発機構(QST) 量子生命・医学部門 量子生命科学研究所 プロジェクトディレクター 河野秀俊
コンピューターシミュレーションと1分子計測により、DNAとたんぱく質の運動や形、それらの相互作用によって、DNA機能の発現する仕組みを原子・分子のレベルから調べる計算生命科学研究に従事。博士(農学)。