拍車かかるIT人材不足、採用支援企業たちが打ち出す新たな一手
IT(情報通信)人材の不足に拍車がかかっている。機械学習やデータ解析といった先端IT領域を扱う人材はもちろん、システムエンジニアなどIT人材市場全体で需給が逼迫している。企業はあらゆる採用・雇用方法を駆使しなければ人材獲得の戦線に立てない。転職・採用支援各社はそうした市場で企業とIT人材を少しでも結びつけるため、新たな一手を打ち出している。
「採用手法や雇用条件などの幅を広げなければ採用は難しい」。キャリアデザインセンターが運営する転職サイト「type(タイプ)」の三ツ橋りさ編集長は、IT人材市場の現状をそう説明する。IT人材不足はコロナ禍で加速した。背景には企業活動においてデジタル活用は不可欠になり、IT系以外の企業もシステム開発を内製化しようと採用市場に参戦するケースが増えたことなどがある。タイプの8月の求人数はコロナ前の19年8月比で36%増えた。一方、「IT人材の総数は増えておらず、限られた数の人材を取り合っている」(三ツ橋編集長)状況だ。
売り手市場で人材採用力を強化する手段としてはまず、給与など待遇面の強化が上げられるが、既存社員の給与水準との関係などを理由に踏み切れない企業は多い。そうした状況下で獲得の可能性を高めるためには、多様な採用ツールの活用が欠かせない。求人メディアやエージェントの複数利用はもちろん、企業が求職者に直接アプローチするダイレクトリクルーティング(DR)などの同時利用が広がる。また、完全リモートの働き方を認めたり、副業として業務を任せたりするなど求職者の意向に寄り添った雇用条件の検討も重要。採用・雇用手法の「全方位戦略」が必要になっている。
こうした中で転職・採用支援各社は新サービスの投入などにより、マッチング機会を増やそうとしている。キャリアデザインセンターは7月にITエンジニア特化型のDRサービス「Direct type」のウェブ版を始めた。20年にスマホアプリ(iOS)版のみで始めており、利用者の拡大に向けて拡充した。
副業は特殊事例ではない
ITエンジニア・クリエイター採用サイト「レバテック」を運営するレバテック(東京都渋谷区)は、副業希望のIT人材と企業のマッチングに特化したサービスを構築中で、23年をメドに始める。高橋悠人社長は「複数の環境で働いてスキルを高めたいITエンジニアは増えている。肌感だが、副業を請け負うIT人材は全体の10%程度に上っており、もはや特殊事例ではない」と指摘する。
実際、21年にレバテックで仕事を請け負ったIT人材のうち、週3日以下を勤務条件に仕事を請け負った副業希望と思われる人材は前年比2.2倍に増えた。「企業側も正社員を条件にすると採用が難しいため、副業人材を探す動きが広がっている」(高橋社長)という。
IT人材紹介サービス「マイナビIT AGENT」を運営するマイナビは、IT人材の獲得可能性を高める方法として求める技能レベルを下げる考え方を顧客の経営層や事業部門の責任者などに直接伝える機会を増やし、採用戦略の再検討を提案している。
同社紹介事業本部ゼネラル統括本部IT領域統括部 RA営業部の長濱啓太部長は「企業の多くは求職者の経験年数を重視する。ただ、採用時点で年数が要求水準に達していなくても1年後にはその分の経験を積んだ人材になる。育成コストは必要になるが、採用のリードタイムが長期化している現状では一つの戦略になる」と説明する。
“特性”ある人材に目を向ける
一方、機械学習やデータ解析などの先端IT領域において、その業務と親和性が高いとされる"特性"を持つ人材を企業と結びつけようとする動きがある。
パーソルチャレンジ(東京都港区)が運営する先端IT特化型就労移行支援事業所「Neuro Dive(ニューロダイブ)」は、自閉スペクトラム症や注意欠如・多動症(ADHD)といった発達障害や、それに起因する精神障害のある人などが最長2年間、機械学習やデータ解析などを学べる。ビジネススキルも習得してもらい、就業体験(インターンシップ)の機会などを通して企業と結びつける。
発達障害を持つ人はコミュニケーションが苦手な一方、特定の領域に関心を持ち、強くこだわる特性があるとされる。パーソルチャレンジはそうした特性と、根気強いデータ検証作業などが求められる先端IT領域における業務の親和性が高い(※1)と考えて19年11月にニューロダイブを始めた。同社コーポレート本部事業開発部の大濱徹ゼネラルマネジャーは「対話の力が重視されると(就職活動などで)はじかれてしまう優秀な人材の活躍を促したかった」と振り返る。現在は東京都台東区と横浜市、福岡市に事業所を構えており、これまでにニューロダイブを通じて約30人が就職した。
DX人材として大きな戦力
日揮ホールディングスの特例子会社で、同グループ会社のIT業務を請け負う日揮パラレルテクノロジーズ(横浜市西区)に勤める中島正人さんはその1人。21年4月に入社し、現在は陸上養殖事業の生産性向上に貢献する画像認識人工知能(AI)を構築する。中島さんは「画像認識は大学で学んだ自分が強い分野」と笑顔を見せる。中島さんは軽い抑うつ症状が慢性的に続く「持続性抑うつ障害」を持つ。ただ、通常業務に支障はないといい、日揮パラレルテクノロジーズの成川潤社長は「高い技術力を持ち、ITエンジニアとして自律している」と太鼓判を押す。
日揮パラレルテクノロジーズはこれまでニューロダイブを通して6人を採用した。成川社長は「(複数のITエンジニアをかかえる企業の代表として)社員の体調管理など大変な面はあるが、それが必ずしも彼らの障害のせいと思わない。今後も採用を増やす方針。グループのDX人材として大きな戦力」と期待をかける。
多くの企業にとってIT人材不足は経営課題になった。その解消には多様な採用ツールを駆使した人材へのアプローチはもちろん、副業人材や経験の浅い人材、あるいは障害のある人材などにもターゲットを広げ、それに応じた採用・管理体制を整えるといった選択肢を含む戦略の検討が求められている。
※1:発達障害の特性と先端IT領域の親和性は欧米で注目されている。脳や神経に由来する個人の特性の違いを多様性と捉え、社会の中で生かす「ニューロダイバーシティ」という考え方の下、米マイクロソフトや米SAPなどが雇用プログラムを持つ。国内ではIT人材不足を補う手段として、経済産業省が「ニューロダイバーシティ」の可能性を発信している。ニューロダイバーシティに詳しい野村総合研究所の高田篤史主任コンサルタントは「人口減少に伴う人手不足と、企業によるデジタル活用の促進という対応が不可欠な二つの課題を解決しうる取り組み」と力を込める。