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脱ロシアでエネルギー市場の混迷に拍車、日本企業も代替先に奔走

脱ロシアでエネルギー市場の混迷に拍車、日本企業も代替先に奔走

米国などでLNGプロジェクトの最終投資決定(FID)や長期販売締約の締結に向けた動きが活発化している(LNG運搬船)

エネルギー確保をめぐる総力戦が加速している。ロシア産天然ガスの供給途絶に備え、欧州連合(EU)は“節ガス”実施に踏み切り、日本企業も代替調達先の確保に奔走している。ただ、欧州のエネルギー高は収束せず、日本企業では供給途絶時に今冬を乗り切れる見通しは立っていない。市場では液化天然ガス(LNG)の長期契約交渉が活発化しているが、日本勢の影は薄い。脱ロシアに伴うエネルギー市場の混迷に拍車がかかっている。(田中明夫)

【EU“節ガス”実施】ロシア報復で相場高騰

EUのエネルギー相会合は7月下旬に、ロシア産天然ガスの供給途絶に備えて地下貯蔵を増やすため、8月から2023年3月までガス使用量を15%削減する案を承認した。ロシアはすでに、ガスタービン修理を理由に大型パイプライン「ノルドストリーム」のガス供給量を6月中旬比で8割減らすなど、報復的な措置で揺さぶりをかけてきている。足元では、欧州の天然ガス相場が2カ月前比で約2倍に高騰し、エネルギー確保をめぐる混乱を映し出している。

天然ガスの国際需給が一段と引き締まるとの観測から、北東アジア向けLNGスポット価格も同約8割高い。さらに欧州では、陸上基地に比べ工期が短い浮体式LNG貯蔵再ガス化設備(FSRU)の設置が活発化。「(LNGの世界供給が拡大するまでの)今後6-7年間は欧州にLNGが吸い取られやすくなる」(石油天然ガス・金属鉱物資源機構の白川裕調査役)とみられ、北東アジア需給はタイト化しやすい環境が続きそうだ。

原油は主要国景気の下振れで相場の騰勢が後退したが、年初比では約3割高い。7月中旬には、高インフレ抑制のためバイデン米大統領がサウジアラビアを訪問して原油増産を要請したが、確約を得られず相場は強含んだ。ロシアへの配慮に加え、世界景気の減速下での増産を控えたいサウジアラビアの思惑が透ける。

また、世界最大の石油消費国の米国では、エネルギー高や急速な利上げで景気減速が顕著だが、年末にかけては原油相場が下がりにくい構造となりそうだ。楽天証券の吉田哲コモディティアナリストは「11月に中間選挙を控えて米政府が景気の良い部分を強調すると想定されるほか、実際に弱い経済指標が出てくる場合には、金融引き締め懸念が後退して株高・原油高の反応となりやすい」とみる。

足元では燃料炭(一般炭)の価格も高止まりし、豪州産の相場は年初比で約2・5倍高い。豪州で天候不順に伴う生産・輸送障害が散発したことや先進7カ国(G7)によるロシア産の禁輸措置が、需給に引き締め圧力をかけている。

エネルギーの脱ロシア化はロシア側の対抗措置で拍車がかかり、世界経済は資源の供給懸念と価格高騰で混乱に陥っている。

【日本、調達不安続く】電力高、企業収益圧迫

日本ではLNG輸入先の約1割を占めるロシアの天然ガス開発事業「サハリン2」からの供給懸念が続く。プーチン大統領が6月末、日本企業が持つサハリン2の資産をロシアの新設法人に無償譲渡するよう命じる大統領令に署名したが、詳細は不明なままだ。

需要家は、供給途絶となればスポット市場での高値調達にさらされるリスクがあり、代替先の確保を急ぐが調達不安は払拭(ふっしょく)されていない。東北電力は既存の長期契約先からの追加調達を検討し、九州電力は「(調達月を交換する)タイムスワップ取引の前倒しなども検討しているが、今のところ22年度は(途絶時の不足分を)カバーできるとはいえない」という。

また今冬にかけては電力料金の一段高が製造業などの収益を圧迫しそうだ。ドバイ原油価格は3月と6月に1バレル=120ドル前後の高値をつけたが、電力料金にはまだ取り込まれていない。主力電源であるLNG火力の電力料金には、原油相場がLNGの長期契約価格を介しながら半年以上経過して反映される。

日銀の6月の企業物価指数(速報値)の上昇率が前年同月比9・2%と高い伸びを続ける中、「電力・都市ガス・水道」は上昇要因の2割近くを占めてすでに23分類中で最も高い。特に非鉄製錬業は電力消費量が多く、「市場で言われる電力料金の(前年比)3-4割高に見合うようなコストアップが見込まれる」(日本鉱業協会の納武士会長)という。

製錬業の競争力確保には電力の安定供給も欠かせず、「安全性が確認された原発の再稼働を引き続き政府に求めていく」(同)とする。日本経済が先送りしてきたコスト負担やエネルギー供給をめぐる課題があらためて浮き彫りになっている。

【LNG長期契約が活発化】脱炭素へ戦略練り直し急務

市場では米国やカタールなどのLNGプロジェクトで最終投資決定(FID)や20年間程度の長期調達契約に向けた動きが活発化している。低炭素燃料として当面の主要エネルギー源となるLNGを確保する動きが脱ロシアを背景に加速した。

ただ足元では「中国のバイヤーの動きが活発な一方、日本企業が調達をコミットする動きが見られない」(日本エネルギー経済研究所の橋本裕ガスグループマネージャー研究主幹)。電力・ガス市場の自由化などを背景に買い主側でLNG需要の不透明性が増す中、「近年は10年間の調達コミットが限界とされ、(売り主が求める)20年間との差を埋める政策支援や生産国との良好な関係構築が重要」(同)との声がある。

一方、LNG生産の拡大で20年代終盤以降は供給余力の増加が見込まれるほか、脱炭素化で国際需要の減退もありうる。

「29年頃からは(足元とは逆に)LNGの長期契約価格がスポット価格より高止まる状況が予測され、長期契約の締結には注意が必要」(石油天然ガス・金属鉱物資源機構の白川氏)との声もある。

脱炭素社会への移行期におけるエネルギー調達戦略の練り直しが急務となりそうだ。

日刊工業新聞2022年8月2日

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