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「NFTやDAOの新しいテクノロジーが私をワクワクさせる」

材料だけでなく現場の負担も削りたい

31歳。ツイッターのフォロワー数は5000人を超え、自ら積極的に情報を発信する。注目する人物がイーロン・マスクという新世代の経営者だが、現場重視で浮ついたところはない。中村留精密工業の中村匠吾社長は、工作機械業界にどのような新風を吹き込むのか。製造業を変えていくイノベーターに迫る。

ー実父(現会長)から引き継ぎました。何を変えますか。
 「父とは40歳以上も離れていて、刺激を受けてきたものも違う。経営者が変わるということは、変化しかない。製造業だが、シリコンバレーのIT企業を参考にしている。月イチで実施している全社員参加型の会議は米グーグルを参考にしているし、いつか米テスラがやったテント型の工場にもトライしたい。でも変わらない部分もある。それは先々代、先代が守ってきた、お客さまと社員に対して最大限に還元していく姿勢。当社が非上場である理由でもある」

ーさっそく企業の存在意義「パーパス」も変えました。
 「以前のものは自分で考えたが、あまり核心を突いていなかった。そこで2月からいろんな世代の社員から約320件の意見をもらって、議論しながら決めたのが『材料だけでなく現場の負担も削る(減らす)』。機械を作ること自体が我々の目的ではなくて、加工などを通じて製造業に携わる人の生活を豊かにしたい。共感してくれるお客さまも新しいビジョンを拡散してくれた」

―専務時代にかなり経営を任されていました。社長になって社員の接し方などに変化はありましたか。
 「以前からあだ名の『まるさん』と呼ぶ社員がほとんどで、社長になってもそれは変わらない。一番情報を持っているのは現場に近い人たちで、もっと社長稟議を減らしてチームで判断できる体制に変える。その時にデジタルはかなり重要で、情報共有しないと私と同じ情報を持てない。業績も含めグッドな情報もバッドな情報も全部公開している。あえてDX(デジタルトランスフォーメーション)と言わなくても、この4年ぐらい、自分でも知らないところで勝手にプロジェクトが進んでいる。チームとして自立しているか、個人として自立しているか。管理職はサポート役であって、俊敏に動けるほどアイデアの裾野が広がっていくという信念がある」

―SNSによってお客さんとの新しい関係も作れるのでは。
「ビジネスとしてツイッターを始めて3年目。アドバンテージとは思っていないが、得るものは大きい。納入した機械のレビューを直接もらったり、1台1000万円以上の機械がツイッター経由で売れたこともある。私のツイッターをみて『中村留』に入社したいと言ってくれた高校生もいる。ツイッターは国内向け、海外向けはリンクトインに英語でかなり投稿している。精神的なモノづくりの楽しさを伝えたいし、それによって技能や技術を持っている人がもっとリスペクトされる社会にしたい」

ーサブスクリプション(定額制)やソフトウエアの無償アップデートなど新しい試みにもチャレンジしています。
 「『中村留』のブランド力は日本以上にドイツで高かったりする。サブスクをやったことでいろいろな事が見えてきた。例えばCNC旋盤を導入する選択肢の中に、うちの製品がしっかり入っておくためにサブスクはツールになりうる。超大量生産が少なくなるという時代背景の中で複合加工機の注目度が高まっていて、世界最小クラスの工具主軸を搭載したATC(自動工具交換装置)型などに大きな伸び代がある。一方でモノづくりではソフトウエアの領域はさらに広がってくる。今、操作盤用に100個ぐらいのアプリがあって、年間6つぐらいの新機能が出てくる。サービスマンが出かけて行ってパラメーターをいじったりするのは、お客さんも我々も大変で今後は工作機械の機能も『iOS』のようにアップデートしていくようになっていく。無償化については社内でもいろいろな議論もあったが、4月から移行した」

―技術革新を踏まえどのぐらい先の事業環境を見ていますか。
 「極めて短期から長期だと何十年先まで。それが戦略に生きているかは別問題として。テクノロジーの進化は早い。例えば、歩いて稼ぐNFT(非代替性トークン)ゲームは面白いな、と思うし、一見モノづくりから遠そうなテクノロジーだからこそ注視しておく必要がある。今は会社として法人化していて、経営者として物事をまとめているけど、『経営サイド』という言葉がすごく嫌い。中央集権じゃないガバナンスを模索する中で、DAO(自律分散型組織)などにもとても興味がある。中長期な視点で切削や製造業がどう変わっていくのか、想像しながらワクワクしている」

ー大学時代は音楽関係の仕事に就こうと考えていたとか。
 「高校生までうちの会社がどんな仕事をしているのか知らなかった。上智大学では国際関係で捕鯨問題とかを学んでいた。ちょうど工作機械工学の第一人者である清水伸二先生がおられて、その時に初めてうちの会社の機械を見せてもらった。『すごい性能なんだぞ』って。それでも大学時代は作曲したりDJで演奏したりで、音楽分野の仕事をしていきたいと、漠然と思っていた。大学後半ぐらいに父から継いで欲しいと初めて言われて。お互い饒舌でもないので、それまで仕事の話は一切したことがなかったがそれから意識するようになった。パソコンでブロックごとに楽曲の打ち込みをしていたが、曲作りはエンジニアリングそのもので、現在の仕事にとても生かされている。音が悪い時に道具のせいにするな、と先輩がすごく怒られた。機械の出し味は人によって変わるのは工作機械と同じ。今、音楽をやる時間はないが、会社の公式ユーチューブのオープニング曲は自分で作曲した」

(聞き手=明豊、金沢支局長・尾碕康平)
【略歴】
なかむら・しょうご。2015(平27年)年慶大院修了。同年中村留精密工業入社。18年専務取締役。石川県出身、31歳。4月1日就任。 TOEICの点数は935点と社内で上から2番目。今年初めて技能検定NC旋盤1級にトライした。現在、機械工学の論文も執筆中。机上の卓球では妻に勝てないが、VR卓球ゲームではいい勝負になるという。
日刊工業新聞2022年7月7日の記事を加筆・修正
明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役デジタルメディア事業担当
真摯な人柄で言葉一つひとつのまったく浮ついたところがない。初めてお会いしてすぐファンになってしまいました。このような若くセンス溢れる人物が老舗工作機械メーカーの社長になる、同郷として素直に嬉しい。そして世界から注目されるイノベーターになって欲しい。

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