今日、台湾総統選。政権交代が濃厚で「日台中ビジネス」の影響は?
台湾企業、大量生産モデルの転換が必須。日本企業との連携なるか
16日に台湾で総統選挙が実施される。与党・国民党の馬英九政権の過度な対中傾斜への批判などから、独立志向が強い野党・民進党候補の蔡英文氏がリードし、与党・国民党候補の朱立倫氏を大きく引き離している。8年ぶりの政権交代の可能性が高まる中、総統選が台中関係にどのような影響を与えるのか、日本の産業界は注視している。
紅色供給網(レッドサプライチェーン)の脅威―。昨今、台湾で話題になっている言葉だ。紅色は中国を指す。かつて台湾と中国の産業構造は、台湾が部品・部材を中国へ供給し、中国で組み立てて世界へ輸出していた。
ところが、最近は中国企業も急速に力をつけ、自力で部品・部材をつくれるようになってきた。今度は反対に、大きくなった中国企業が「台湾の半導体部品・部材メーカーを買収しようと動く」。台湾経済に詳しい日本貿易振興機構(ジェトロ)・アジア経済研究所東アジア研究グループ長の川上桃子氏はこう指摘する。
近年、台湾は中国への経済的な依存度が高まっている。2013年の台湾の輸入元は日本が最大で、全体の15・9%を占め、中国は2番手の15・7%だった。それが14年には日中が逆転し、日本が15・2%に微減となる一方、中国は17・5%と、1・8ポイント伸ばした。輸出先はすでに中国がトップで、香港を含めると全体の4割を占める。
現政権の国民党は中国経済が好調の時に“対中融和”路線で台湾経済を上向かせ支持を集めた。しかし「皮肉にも政権末期は中国経済の減速で支持を落とした」(川上氏)。
もっとも、野党の民進党といえども、すぐに“脱中国”を目指していない。中国とビジネスしている層も取り込もうと、ひとまず「独立」の矛はひっこめ、中国との関係は「現状維持」を主張する。
今後、気になるのは台湾の通商政策だ。台湾は輸出の対国内総生産(GDP)比が6割(日本は1割強)と高く、自由貿易協定(FTA)交渉は大きな関心事の一つだ。だが、台湾は「国交」を結んでいない国が多く、中国がにらみをきかせていた関係で交渉は進んでいない。
貿易に占めるFTA発効国の割合は約1割と、日本(2割)や韓国(4割)より出遅れている。ただ、10年に中国とのFTAに相当する海峡両岸経済協力枠組み協定(ECFA)が締結されて以降は「中国も台湾のFTA交渉に寛容になった」(川上氏)とされる。足元では中国主導の東アジア地域包括的経済連携(RCEP)と米国主導の環太平洋連携協定(TPP)に国民党、民進党ともに加盟に関心を示す。
問題は民進党政権になった場合だ。「中国が交渉に協力するか不透明になる」(みずほ総合研究所中国室長の伊藤信悟氏)。民進党は中国が求める「一つの中国」の原則を認めていない。そうした中で他の国とFTA交渉をすることに、中国は難色を示すとみられる。
特にTPPに中国は参加していないが、中国と関係の良いシンガポールなどの国を通じて加盟を阻む可能性はある。結局、中国と距離を置く民進党が政権奪取しても、中国の顔色をうかがわなければ前に進めない状況にある。
台湾総統選挙の結果について日立製作所の東原敏昭社長兼最高執行責任者(COO)は「大きな影響はないだろう」と見ている。それよりも重要視するのが中国本土の景気動向だ。中国本土では昇降機や現金自動預払機(ATM)、自動車部品など幅広く事業を展開している。本土の景気後退の影響により「プロダクト系の事業でブレーキがかかっている」(東原社長)と危惧する。
半導体関連を得意とする工作機械メーカー首脳は、産業的には「中国に取り込まれる方向より、一定の距離を置く政策の民進党のほうが良いだろう」と指摘する。また台湾の電子機器製造受託サービス(EMS)大手を顧客とするメーカー首脳は「台湾と中国の相互依存は政権が交代しても、大きく変わらないと思う」と政権交代のインパクトは薄いと先読みする。
「総統選の影響は読めないが、これを契機に経済が成長すればありがたい」と期待するのは、オーエム製作所(大阪市淀川区)の山田栄作経営企画室長。
台湾・台中市で大型立型旋盤を低コストで生産し、中国や東南アジア、米国に輸出している。ただ、円安のため現地生産のメリットは薄れている。「現地生産を増やす方針は変わらない」(山田室長)が、台湾の輸出競争力向上政策を望んでいる。
今後、台湾がTPPに参加し、関税撤廃に動いた場合には、日本の工作機械メーカーにも一定のメリットがありそうだ。ただ、EMS大手を顧客とする工作機械メーカー首脳は、足元の台湾販売が低調なこともあり、「調達でのメリットは多少あるが、販売では大きな影響はないだろう」と限定的な恩恵にとどまるとみている。
フジキン(大阪市北区)は台湾の半導体メーカーを主な顧客として精密バルブの販売・メンテナンスを現地で行っている。半導体メーカーは現在、台湾から中国大陸へ設備投資しており、大陸への投資政策が維持されるのかを注視する。また、民進党が打ち出している製薬産業の強化戦略は「軌道に乗ればチャンスが巡ってくるのではないか」と期待している。
気になる総統選の台湾経済への影響や日台関係の今後の可能性について、台湾経済に詳しい愛知淑徳大学ビジネス学部・研究科の真田幸光教授に聞いた。
―8年ぶりの政権交代となりそうです。台湾経済の変化につながりますか。
「結論から言うと、ほとんど変わらないだろう。台湾は製造業の4割を電機・電子が占め、輸出の4分の1強は中国向けだ。この経済構造は硬直化している。政権が変わっても、すぐに動かせない。内政よりも、むしろ中国や米国など外需がどうなるかの方が影響は大きい」
―台湾産業界の受け止めは。
「台湾企業は大量生産・大量販売を得意とし、日本に見られるような高品質・高利潤を追う中堅・中小企業が少ない。常に数量をはける市場がなければ生き残れず、13億人の市場を抱える中国に依存している。産業界は、中国と関係のよい与党・国民党の方がビジネスがしやすいだろう。この点で、野党・民進党に対しては、少し懐疑的かもしれない」
「もっとも民進党も独立志向ではあるが、本当に独立を狙っているとは思えない。もし本気なら既存の産業構造を抜本的に変え、輸出先の多角化を図る施策を打ち出すべきだ。現状ではこうした発言はみられず、中国との関係が極端に悪化することはないだろう」
―日本との関係はどうなりますか。
「台湾企業は中国企業に追い上げられており、大量生産モデルの転換が必須だ。この点で、技術力のある日本の中堅・中小企業と組めば、品質を高め、中国を引き離せる可能性がある。貿易の中国依存度も下げられる。新政権には本気で日本と連携することを期待したい」
(聞き手=大城麻木乃)
紅色供給網(レッドサプライチェーン)の脅威―。昨今、台湾で話題になっている言葉だ。紅色は中国を指す。かつて台湾と中国の産業構造は、台湾が部品・部材を中国へ供給し、中国で組み立てて世界へ輸出していた。
ところが、最近は中国企業も急速に力をつけ、自力で部品・部材をつくれるようになってきた。今度は反対に、大きくなった中国企業が「台湾の半導体部品・部材メーカーを買収しようと動く」。台湾経済に詳しい日本貿易振興機構(ジェトロ)・アジア経済研究所東アジア研究グループ長の川上桃子氏はこう指摘する。
近年、台湾は中国への経済的な依存度が高まっている。2013年の台湾の輸入元は日本が最大で、全体の15・9%を占め、中国は2番手の15・7%だった。それが14年には日中が逆転し、日本が15・2%に微減となる一方、中国は17・5%と、1・8ポイント伸ばした。輸出先はすでに中国がトップで、香港を含めると全体の4割を占める。
対中融和は継続
現政権の国民党は中国経済が好調の時に“対中融和”路線で台湾経済を上向かせ支持を集めた。しかし「皮肉にも政権末期は中国経済の減速で支持を落とした」(川上氏)。
もっとも、野党の民進党といえども、すぐに“脱中国”を目指していない。中国とビジネスしている層も取り込もうと、ひとまず「独立」の矛はひっこめ、中国との関係は「現状維持」を主張する。
今後、気になるのは台湾の通商政策だ。台湾は輸出の対国内総生産(GDP)比が6割(日本は1割強)と高く、自由貿易協定(FTA)交渉は大きな関心事の一つだ。だが、台湾は「国交」を結んでいない国が多く、中国がにらみをきかせていた関係で交渉は進んでいない。
貿易に占めるFTA発効国の割合は約1割と、日本(2割)や韓国(4割)より出遅れている。ただ、10年に中国とのFTAに相当する海峡両岸経済協力枠組み協定(ECFA)が締結されて以降は「中国も台湾のFTA交渉に寛容になった」(川上氏)とされる。足元では中国主導の東アジア地域包括的経済連携(RCEP)と米国主導の環太平洋連携協定(TPP)に国民党、民進党ともに加盟に関心を示す。
FTA推進 中国の顔色うかがいながら
問題は民進党政権になった場合だ。「中国が交渉に協力するか不透明になる」(みずほ総合研究所中国室長の伊藤信悟氏)。民進党は中国が求める「一つの中国」の原則を認めていない。そうした中で他の国とFTA交渉をすることに、中国は難色を示すとみられる。
特にTPPに中国は参加していないが、中国と関係の良いシンガポールなどの国を通じて加盟を阻む可能性はある。結局、中国と距離を置く民進党が政権奪取しても、中国の顔色をうかがわなければ前に進めない状況にある。
日本の産業界、反応さまざま
台湾総統選挙の結果について日立製作所の東原敏昭社長兼最高執行責任者(COO)は「大きな影響はないだろう」と見ている。それよりも重要視するのが中国本土の景気動向だ。中国本土では昇降機や現金自動預払機(ATM)、自動車部品など幅広く事業を展開している。本土の景気後退の影響により「プロダクト系の事業でブレーキがかかっている」(東原社長)と危惧する。
半導体関連を得意とする工作機械メーカー首脳は、産業的には「中国に取り込まれる方向より、一定の距離を置く政策の民進党のほうが良いだろう」と指摘する。また台湾の電子機器製造受託サービス(EMS)大手を顧客とするメーカー首脳は「台湾と中国の相互依存は政権が交代しても、大きく変わらないと思う」と政権交代のインパクトは薄いと先読みする。
「総統選の影響は読めないが、これを契機に経済が成長すればありがたい」と期待するのは、オーエム製作所(大阪市淀川区)の山田栄作経営企画室長。
台湾・台中市で大型立型旋盤を低コストで生産し、中国や東南アジア、米国に輸出している。ただ、円安のため現地生産のメリットは薄れている。「現地生産を増やす方針は変わらない」(山田室長)が、台湾の輸出競争力向上政策を望んでいる。
今後、台湾がTPPに参加し、関税撤廃に動いた場合には、日本の工作機械メーカーにも一定のメリットがありそうだ。ただ、EMS大手を顧客とする工作機械メーカー首脳は、足元の台湾販売が低調なこともあり、「調達でのメリットは多少あるが、販売では大きな影響はないだろう」と限定的な恩恵にとどまるとみている。
フジキン(大阪市北区)は台湾の半導体メーカーを主な顧客として精密バルブの販売・メンテナンスを現地で行っている。半導体メーカーは現在、台湾から中国大陸へ設備投資しており、大陸への投資政策が維持されるのかを注視する。また、民進党が打ち出している製薬産業の強化戦略は「軌道に乗ればチャンスが巡ってくるのではないか」と期待している。
愛知淑徳大学・真田教授に日台関係の今後を聞く
気になる総統選の台湾経済への影響や日台関係の今後の可能性について、台湾経済に詳しい愛知淑徳大学ビジネス学部・研究科の真田幸光教授に聞いた。
―8年ぶりの政権交代となりそうです。台湾経済の変化につながりますか。
「結論から言うと、ほとんど変わらないだろう。台湾は製造業の4割を電機・電子が占め、輸出の4分の1強は中国向けだ。この経済構造は硬直化している。政権が変わっても、すぐに動かせない。内政よりも、むしろ中国や米国など外需がどうなるかの方が影響は大きい」
―台湾産業界の受け止めは。
「台湾企業は大量生産・大量販売を得意とし、日本に見られるような高品質・高利潤を追う中堅・中小企業が少ない。常に数量をはける市場がなければ生き残れず、13億人の市場を抱える中国に依存している。産業界は、中国と関係のよい与党・国民党の方がビジネスがしやすいだろう。この点で、野党・民進党に対しては、少し懐疑的かもしれない」
「もっとも民進党も独立志向ではあるが、本当に独立を狙っているとは思えない。もし本気なら既存の産業構造を抜本的に変え、輸出先の多角化を図る施策を打ち出すべきだ。現状ではこうした発言はみられず、中国との関係が極端に悪化することはないだろう」
―日本との関係はどうなりますか。
「台湾企業は中国企業に追い上げられており、大量生産モデルの転換が必須だ。この点で、技術力のある日本の中堅・中小企業と組めば、品質を高め、中国を引き離せる可能性がある。貿易の中国依存度も下げられる。新政権には本気で日本と連携することを期待したい」
(聞き手=大城麻木乃)
日刊工業新聞電子版2016年1月13日深層断面面