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変わる「宇宙開発」勢力図…ロシア制裁が引き起こすリスクと可能性

変わる「宇宙開発」勢力図…ロシア制裁が引き起こすリスクと可能性

スターリンク通信衛星に使う小型衛星60基を一気に打ち上げた時の写真(スペースX提供)

米国はロシアのウクライナ侵攻に伴う経済制裁に、宇宙・航空分野の追加を決めた。有人輸送や国際宇宙ステーション(ISS)の軌道維持といったロシアに頼ってきた技術が利用できなくなるリスクが浮上。国際的な宇宙開発の停滞になりかねない状況だ。半面、ロシアの締め出しで、競争が激化する宇宙輸送分野などでは、民間宇宙企業にビジネスチャンスが開ける可能性が見えてきた。ロシアへの制裁が長期化すれば、宇宙開発の勢力図に変化をもたらしそうだ。(飯田真美子)

【ISSの軌道維持技術不可欠】各国の技術底上げ

西側諸国がロシアへの経済制裁を強める中で、米バイデン政権は追加制裁に「宇宙計画を含めた航空宇宙産業を衰退させる」との文言を加えた。これに対し、ロシアの宇宙開発を一手に担う国営宇宙企業ロスコスモスのドミトリー・ロゴージン長官は「ISSの軌道修正やスペースデブリ(宇宙ゴミ)の回避はロシアの技術で成り立っている。ロシアの宇宙産業に打撃を与えれば、ISSを制御不能にして落下させる」と会員制交流サイト(SNS)にコメントした。

ロシアの宇宙船ソユーズの打ち上げの様子 (NASA提供)

ISSの運用にロシアは欠かせない存在で、宇宙飛行士が滞在するモジュールや有人・物資輸送技術などを提供している。特に米航空宇宙局(NASA)のスペースシャトル退役後は、ロシアの宇宙船「ソユーズ」しか宇宙飛行士を輸送する手段がなかった。米スペースXの宇宙船「クルードラゴン」が登場するまではロシアの独占状態で、宇宙航空研究開発機構(JAXA)日本人宇宙飛行士の古川聡さんらの宇宙飛行にも関わった。

ISSは高度400キロメートル付近を飛行しているが、地球の重力に引っ張られるため定期的に押し上げる必要がある。この役割をロスコスモスが担っており、ISSに結合した同社の補給船のエンジンで軌道を制御している。もともとロシアは、NASAが打ち出した2030年までのISS運用延長に否定的であり、制裁の有無に関わらずISSの存続には軌道維持のための技術開発が必要になる。

宇宙輸送分野ではソユーズの打ち上げ中止が続いている。ロスコスモスは仏宇宙企業アリアンスペースと提携して、フランスやカザフスタンでもソユーズの打ち上げ事業を進めていた。だがロシアが欧州からの制裁措置に反発し、一方的に打ち上げ中断を決定したという。3月上旬に英通信衛星企業ワンウェブのインターネット衛星36基をソユーズで打ち上げる予定だったが中止に追い込まれた。後日同社はスペースXと契約を結び、22年中の打ち上げを目指す。

ロケット支援車両に刻まれた「Z」の文字(ロスコスモス提供)

一方、制裁前からロシアと米国の間には摩擦があり、米主導の国際宇宙探査計画「アルテミス計画」にも参加せず、中国と月探査を進める協定を結ぶなどの動きが見られる。その傍らスペースXを中心に米国の民間企業の動きが活発化し、欧州や日本などの宇宙関連の技術力も向上している。新たに宇宙分野に参入する国も増えており、その中でロシアは立場・技術的に押されつつある。ロシアへの制裁は宇宙開発停滞のリスクをはらむ半面、各国の技術力を底上げする契機にもなりそうだ。

【ロシア宇宙開発の歴史】

ロシアの宇宙開発は旧ソビエト連邦時代から始まり、米国と並ぶ宇宙開発のトップランナーの座を60年以上にわたり堅持してきた。人工衛星「スプートニク」1号の打ち上げや有人宇宙飛行を人類で初めて成功させ、それがきっかけで米国との宇宙開発競争が本格化した。当時の功績は現在の宇宙利用の基盤となった事柄も多く、JAXA宇宙飛行士の油井亀美也さんは「人類初の宇宙飛行に成功したのは元テストパイロット。その影響で宇宙飛行士の訓練はテストパイロットの訓練を基準にしている」と説明する。

【通信衛星・宇宙輸送】低コスト、VBにも商機

ロシアはウクライナに対し、砲撃などの物理的攻撃だけでなく企業活動や国民生活に必須のインターネット回線を遮断した。ウクライナはロシアの通信衛星を使ってインターネット網を運用してきたが、足元で80%以上の通信回線が失われた。

そこでウクライナのフェドロフ副首相はSNSでスペースXに応援を要請。同社は快諾し、現在開発中のスターリンク通信衛星システムを提供した。応援要請からサービス提供・送受信アンテナの到着までの時間はわずか56時間というスピード対応で、これによりウクライナのインターネット回線が復旧した。

ロシアやウクライナは高緯度の国で、赤道上の静止軌道に衛星を打ち上げても角度が低くなり通信衛星の回線状況が不安定になる。それを解決できるのが高度500キロメートル程度の楕円(だえん)軌道である「モルニヤ軌道」で、ロシアはこの軌道上で数基の通信衛星を運用している。

開発中の大型基幹ロケット「H3」(JAXA提供)

一方でスペースXのスターリンク通信衛星は、複数の小型人工衛星を地球の周囲に配置して活用する「衛星コンステレーション」で世界中を網羅できる通信システムの開発を進めている。20年代中ごろには約1万2000基の小型衛星をちりばめ、低コストで高性能なインターネットサービスの構築を目指している。ウクライナで運用実績を積むことで、技術の高度化につながりそうだ。

日本の得意分野である宇宙輸送分野を見ると、JAXAと三菱重工業が開発した大型基幹ロケット「H2A」の打ち上げ成功率は約98%に上る。信頼性の高さから制裁によるロシア勢の締め出しで、今後受注が増える可能性がある。現在開発中の次期大型基幹ロケット「H3」は、エンジンの不具合で打ち上げは無期限延期となっている。ただ、原因を究明するまで打ち上げないという安全・安心への姿勢が世界から評価されており、シェア拡大の推進役として期待される。

宇宙ベンチャーの動きも活発だ。インターステラテクノロジズ(北海道大樹町)は軌道投入ロケット「ZERO(ゼロ)」を開発中。23年以降に打ち上げる予定で、JAXAと部品や装置の開発や試験を進めている。創業者の堀江貴文取締役は「今後20年で宇宙開発が大きく変わる」と強調。今回の制裁で勢力図の変化に拍車がかかれば、ベンチャー企業にも商機となりうる。民間企業だからこそできる安価で打ち上げ頻度が高い宇宙輸送ビジネスの確立を急ぐ。

日刊工業新聞2022年4月1日

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