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世界最速!富士通が開発したスゴい量子シミュレーターの実力値

36量子ビット演算性能2倍

スーパーコンピューター「富岳」の技術を活用し、量子シミュレーター上で世界最速レベルの量子演算を可能に―。富士通は富岳の心臓部でもある「A64FX」プロセッサーを搭載した商用機「プライムHPC FX700」64台を連ねたクラスターシステム上で、36量子ビットの量子回路を扱える世界最高速の並列分散型の量子計算シミュレーターを開発した。将来の量子時代の本格到来を見据え、アプリケーション(応用ソフト)の先行開発に新たな道を開いた。(編集委員・斉藤実)

量子シミュレーターソフトには、大阪大学とQunaSys(東京都文京区)が開発したオープンソースの「Qulacs(キュラックス)」を採用。36量子ビット級の量子演算において、米インテルや米IBMなどの主要な他社の量子シミュレーターに比べて約2倍の性能を実現した。

具体的にはA64FXの「SVE命令」で複数の計算を同時実行することで、メモリーバンド幅の性能を最大化。加えて、Qulacsを並列分散で実行し、計算と通信をオーバーラップさせることで、ネットワーク帯域を最大限に引き出した。

さらにクラスター上の分散メモリーに展開される量子ビットの状態情報を量子回路と計算の進捗(しんちょく)に合わせて適宜、効率良く再配置する新方式も開発した。

開発成果を踏まえ、4月から富士フイルムと共同で、材料分野における量子アプリケーションの研究を始める。共同研究では分子の化学反応などにおける量子コンピューティング特有のアルゴリズムの検討と評価を実施する。

量子シミュレーターはオープンソースとして普及する量子向け開発ツールの「Qiskit(キスキット)」(IBMが開発)にも対応。さらにQunaSysが提供する量子化学計算ソフトウエア「Qamuy」の利用も可能とする。

富士通は量子計算機のハード・ソフトの研究・開発では万能型の「ゲート方式」に焦点を当て、理化学研究所や東京大学、大阪大学、オランダのデルフト工科大学などとそれぞれ取り組んでいる。

一方、本格的な量子時代に向けた前哨戦として、組み合わせ最適化問題に特化した「デジタルアニーラ」と呼ぶ、デジタル回路を用いた量子インスパイアード技術を実用化している。今回の量子シミュレーターも前哨戦を戦う上での武器となる。9月までに40量子ビットのシミュレーターを開発し、金融や創薬などにも展開する。

最高技術責任者(CTO)のヴィヴェック・マハジャン執行役員専務は会見で「量子分野ではデバイスからソフト、アプリまで全領域を網羅し、国内外の大学やパートナーとも組んでいる」とし、21年に開設したインドの研究拠点の活用も強調した。原裕貴執行役員常務は「量子シミュレーターはエラー訂正なしの将来の量子計算機を先取りして、いろいろと試せる。(富士フイルム以外に)5社との共同研究も予定している」と述べた。

左からヴィヴェック・マハジャン執行役員専務、原裕貴執行役員常務
日刊工業新聞2022年3月31日

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