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脱炭素が取引に影響…「グリーントラストフォーメーション」が起こす地殻変動

温室効果ガスを排出しない脱炭素型経済へ転換する「グリーントランスフォーメーション(GX)」が起きている。脱炭素への取り組みが企業評価に直結し、中小企業にも取引条件となりつつある。再生可能エネルギーの需要を喚起し、産業界に新陳代謝を生んで新興企業が成長のチャンスをつかんだ。企業活動を一変させた地殻変動の現場を追う。

「募集開始3日で定員の100社を超えた」。企業の環境活動を支援するカーボンフリーコンサルティング(横浜市中区)の中西武志最高経営責任者(CEO)は驚きを隠さない。2月中旬、温室効果ガス排出量の算定セミナーを告知すると申し込みが殺到。開催後も問い合わせが続き、個別相談会も始めた。

盛況のセミナーには非上場の部品メーカーの担当者が目立った。理由は「取引先から排出量を出してほしいと言われた人が多かった」(中西CEO)ためだ。

これまでは大企業が自社の事業活動による排出量を算定してきた。今や「売上高が数十億円の企業も社内研修を依頼してくる。どの企業も算定と無縁ではなくなった」(同)と変化を実感する。

中小企業を巻き込んだ転換の起点が金融市場だ。東京証券取引所は4月に新設する最上位の「プライム市場」上場企業に気候変動関連の情報公開を求める。排出量の開示も推奨しており、企業を煩わせているのが算定基準「スコープ3」だ。

自社の事業所での電気や燃料の使用に伴う排出量は計算しやすい。対してスコープ3はサプライヤーの排出量も含むため、上場企業が中小企業に排出量を問い合わせている。ある機械メーカーは「取引先の要望は絶対」と半ばルールと受け止めている。

自動車部品メーカーのミツバも開示要請の高まりを感じている。同社は自社の排出量を環境報告書に掲載してきた。プライム市場への移行に向けてスコープ3を含めた算定を本格化させるが、法務・CSR推進課の栗原卓也氏は「積極的に発信する。開示しないと何もしていないと誤解される」と危機感を抱く。

環境活動に熱心でも、排出量データがないとマイナス評価を付ける海外格付け機関が存在する。その評価を参考に取引を決める欧米企業もあり、開示が営業でも必須となった。

今は開示が重視されるが、いずれは削減実績が問われる。「排出量の大幅な削減は生半可な活動では無理。環境活動の位置付けは何段階も上がった」(栗原氏)と実感を込めて語る。経営トップが委員長に就いた「カーボンニュートラル委員会」を設置した。温暖化対策が経営マターとなった。

過去、環境対策は企業イメージ向上の側面があった。今は取引にも影響を及ぼす。脱炭素を中心に経済が回り始めた。

「非化石証明」市場が盛り上がってきた

再生可能エネルギーを使ったと見なせる「非化石証書」の市場が盛り上がってきた。国が実施した2021年11月の入札で19億キロワット時が売れた。直前の5月の5倍だ。22年2月も13億キロワット時を販売した。

非化石証書は国民が電気代に上乗せして支払う「再エネ賦課金」の負担軽減を狙いに国が18年に制度化した。証書を購入した小売電気事業者は“実質再生エネ”電気を販売できる。しかし、電気を利用する企業からは「使い勝手が悪い」と不評だった。小売電気事業者しか証書を入手できないためだ。企業の要望を受けた国は21年11月から小売電気事業者以外の入札参加も認めた。さらに最低価格も7割引き下げた効果で取引が活性化した。

デジタルグリッド(東京都千代田区)の松井英章取締役は「まだお試し」と感触を語る。同社は落札した証書を希望企業に売る仲介業として22年2月の入札に参加。10社から注文があり、そのうち数社は数百万キロワット時を買い求めた。すでに8月予定の入札では数億キロワット時の調達を検討する企業から引き合いがある。それでも“肩慣らし”だ。「企業は温室効果ガス排出量を公表すると、次は削減への圧力を受ける。多少のコストアップでも証書のニーズが高まる」(松井取締役)と見通す。取引の本番は1―2年後と読む。

脱炭素を優先するグリーントランスフォーメーション(GX)は再生エネの需要を喚起し、産業界に新陳代謝を起こしている。デジタルグリッドは再生エネ電気を選んで調達できるIT基盤の構築を目指して17年に設立。ソニーグループや東京ガス、日立製作所など60社以上から40億円以上の出資を受けた。再生エネビジネスへの期待の表れだ。

排出量の計算を支援するITシステムを開発したゼロボード(東京都港区)も成長中だ。正式な設立は21年9月だが、採用先や業務提携先には岩谷産業や長瀬産業、大崎電気工業、関西電力などが連なる。渡慶次道隆社長は「脱炭素経営に取り組まないことがリスクになった」と各社の共通認識を語る。

さらに象徴的なのが岩手銀行や百五銀、中京銀、北洋銀、北陸銀、北海道銀といった地方金融機関との提携だ。各行とも取引先に同社のシステムを紹介する。ミツバにシステムを紹介した横浜銀行は「地域企業の支援」を理由に挙げる。GXに乗り遅れた地元企業が大企業から見放され、地域の資金需要が細る事態を回避する。脱炭素が“ゲームチェンジャー”となって金融機関も変えた。

日本鉄鋼連盟の橋本英二会長(日本製鉄社長)は山口壮環境相との意見交換で「きれい事ではなく、脱炭素をやり切らないと日本に鉄鋼業を残せない。不退転の決意だ」と言い切った。GXは企業の生存競争になろうとしている。(編集委員・松木喬が担当しました)

日刊工業新聞2022年3月21、22日
松木喬
松木喬 Matsuki Takashi 編集局第二産業部 編集委員
今回、環境対応が経営の優先事項になったリアルな声を聞けたと思っています。しかも一部企業だけでなく、全体にひろがっていく感触です。これまで「脱炭素をしないとサプライチェーンから外される」「再生エネの利用が取引条件になった」というフレーズを耳にしていましたが、実際に「外された」企業を見たことがありませんでした。「現実」まではいっていませんが、脱炭素が経済活動の軸になる空気を感じました。

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