最高値更新も視野、「銅」相場“異変”の背景事情
自動車や電子機器など用途の広い銅の相場が変調をきたしている。相関性があった中国経済の成長が鈍化する中でも相場は高止まりし、最高値更新も視野に入る。コロナ禍からの世界景気の復調に加え、銅の用途となる電気自動車(EV)や再生可能エネルギーのインフラといった脱炭素関連需要の拡大観測が相場を底上げした。米国の利上げ開始が秒読みになっても値崩れせず、脱炭素社会を前に原材料の代表格が高値に張り付こうとしている。(田中明夫)
GDP鈍化も高止まり
銅相場は、需要の約5割を占める中国の景気動向を診断するように動くことから「ドクター・カッパー(copper=銅)」とも呼ばれる。2000年代は中国経済の急拡大で上値を追ったが、経済成長がピークアウトした10年代は総じて軟調に推移した。
20年以降はコロナ禍からの中国景気の力強い回復に加え、主要国の大規模な金融緩和や財政出動が相場を押し上げた。21年5月に約10年ぶりに最高値を更新し、1トン=1万700ドル台をつけた。
一方、足元では中国政府が安定成長にかじを切り、22年以降は再び成長率の鈍化が見込まれているが、銅相場は同1万ドル近辺を推移して高止まりしている。国際通貨基金(IMF)は、中国の22年と23年の実質国内総生産(GDP)成長率がコロナ禍前(19年)の6%から5%近辺に低下すると予測する。
銅相場が中国経済のトレンドから上方に乖離(かいり)した背景には、脱炭素に伴う銅需要の増加観測がある。導電性に優れる銅は、EVでの使用量が内燃機関車比で3―4倍増加するほか、風力発電など再生エネのインフラにも必須だ。国際エネルギー機関(IEA)は各国公表の脱炭素目標や政策を前提とするシナリオで、30年の銅需要は20年比4割増、40年は同7割増に拡大すると見込む。
市中では銅供給の増加予測もあり、相場は21年終盤から22年にかけて1トン=9000ドルを割り込む見通しもあったが、下値は堅い。住友金属鉱山の金山貴博常務執行役員は「需要はEVやクリーンエネルギー関連が追い風だが、(主要国のコロナ禍対応の)経済対策などが収まれば相場は落ち着く」との見方を維持しつつも、「22年のいつ頃なのかは具体的に見込めていない」と想定以上の高値推移に戸惑いをみせる。
直近では、エネルギー高や中国の一部地域での新型コロナウイルス感染対応の行動制限による供給不安の高まりで相場が上昇した側面もあるが、脱炭素関連の中長期の需要増加が相場の支えとなる構造は続く。同1万ドル超えの水準では高値警戒感が出るほか、米国の金融引き締めペースの加速に伴う投機筋の手じまい売りで調整が入る可能性を残すものの、「足元の世界景気の回復基調が続けば、22年中の最高値更新は達成できない水準ではない」(三菱UFJリサーチ&コンサルティングの芥田知至主任研究員)と見る向きもある。
景気下支え余念なし
中国政府は経済成長の安定化を志向する一方、成長分野でもある脱炭素に力を入れており、EVや再生エネ向けで中国が引き続き銅需要のけん引役となりそうだ。
中国ではEVに対するナンバープレートの優遇発給など支援措置が奏功し、21年のEV販売台数は前年比2・6倍の約291万台となり、新車販売全体の約11%を占めた。政府は現行でEVが約8割を占める「新エネルギー車」の販売台数シェアを、30年までに40%まで引き上げる計画を掲げている。
また、風力発電と太陽光発電の合計設備容量は21年末時点で前年末比約19%増の約6億3500万キロワットとなり、30年までに12億キロワット以上を目標とする。EV販売台数や風力・太陽光発電設備容量はいずれも現時点で世界最大で、銅需要の増加が見込まれる。
一方、21年に市場不安を高めた中国不動産大手・中国恒大集団の過剰債務問題や過度な脱炭素化が一因となった電力不足問題など、中国経済は安定成長へと移行する過程で懸念材料が出てきている。足元では新型コロナ感染の完全封じ込めを目指す「ゼロコロナ政策」による行動制限が個人消費の抑制にもつながっている。
ただ、中国では21年に中国人民銀行が預金準備率を2回引き下げるなど、コロナ禍からの景気回復後も柔軟に景気の下支え措置が講じられている。政府の政策裁量余地も大きく「資金供給の対応手段があるので、中国発の景気減速リスクは小さい」(野村証券の小高貴久シニア・ストラテジスト)との声があり、中国の銅需要は好調を維持しそうだ。
車減産で調整懸念
日本でもデジタル化や自動車の電動化を受けて、半導体や車載部品向けを中心に銅需要が好調だ。日本伸銅協会によれば、21年の国内メーカーの伸銅品生産量(速報値)はコロナ禍前の19年比3・1%増の77万6100トンとなった。
ただ、市中では長引く半導体不足に伴う自動車減産で銅需要の調整懸念がくすぶる。挽回生産時の繁忙を回避するため車載部品メーカーが在庫を積み増す動きが銅需要を支える一方、アルミ材では需要調整が入っている。
神戸製鋼所の勝川四志彦執行役員は「アルミ材はメーカーから自動車会社への販売網が短いが、銅材は長いため(需要調整が)時間的にズレて生じ得る」としながらも、「4―6月期から7―9月期初頭にかけて(半導体不足の影響の緩和が)進むと見込まれ、銅需要が落ちる前に自動車生産が戻る可能性がある」とみる。当面は半導体不足の動向が注視される。
また、銅相場の高騰に伴う需要への影響も一部警戒されている。東京都伸銅品商業組合の樋口康一マーケットリサーチ委員は「銅価格が高いところに原油高も加わって、銅管メーカーが4月に加工賃を30%引き上げる方針を示したほか、諸資材のコストも上昇し、需要家には割高感が強まっている」と指摘。代替材へのシフトを懸念する。
中長期では銅需要の増加が見込まれるが、銅相場の高止まりや石油供給制約に伴う原油高など、脱炭素で生じる市場の歪みにいかに対応していくかも焦点となりそうだ。