宇宙飛行士に“転職”しませんか、JAXAが13年ぶり募集に踏み切った理由
月を人類の活動圏にするための研究開発が世界で加速し、月面での有人探査が間近に迫ってきた。宇宙航空研究開発機構(JAXA)では、月面や月近傍有人拠点「ゲートウェー」などでの活躍を見込む新規の日本人宇宙飛行士を募集している。今回は専門分野や学歴を問わないなど応募条件を抜本的に見直し、多様な人材の獲得を目指す。宇宙飛行士に“転職”できるチャンスが13年ぶりにめぐってきた。(飯田真美子)
20年代後半には人材不足 定期的な増員必要
各国で月探査に向けた研究開発が進められる中で、中核となるのが米国主導の「アルテミス計画」だ。日本も同計画に参加しており、ゲートウェーの構築に向けた技術提供や物資輸送などに資する技術を開発している。その中で米国は、20年代後半にも日本人宇宙飛行士のゲートウェーへの搭乗機会を提供すると発表。日本人宇宙飛行士が月面に着陸できる可能性が見えてきた。
だが、現在JAXAに所属する7人の日本人宇宙飛行士の平均年齢は52歳。そのうち3人が55歳以上で高齢化が進んでいる。このままでは月面探査の本格化が見込まれる20年代後半には、日本人宇宙飛行士の多くが定年を迎えてしまう。そこで将来月面などで活躍する人材を増やすために、JAXAは13年ぶりの宇宙飛行士の新規募集に踏み切った。
今回の募集で選抜する人数は若干名にとどまる。日本人宇宙飛行士が宇宙に行ける機会を逸しないためにも定期的な増員が必要で、今後はおよそ5年に1度の頻度で新規募集を実施する見込みだ。JAXA宇宙飛行士の星出彰彦さんは「宇宙開発はエキサイティングな時代を迎えた。宇宙飛行士は夢が詰まった仕事。是非挑戦してほしい」と呼びかけている。
今回の募集の応募資格を検討する上で、日本人女性宇宙飛行士の採用に向けた動きが見られた。現役の日本人宇宙飛行士には女性が不在であり、格差解消を目的に女性枠の設置といった優遇措置を求める意見があった。だが選抜人数が若干名である状況を踏まえ、公平に能力で選考するとして今回の募集には組み込まれなかった。
それでもJAXAが日本人女性宇宙飛行士の採用に前向きなのは、今回の募集のロゴマークに見て取れる。マークは女性とも男性ともとれるジェンダーレスなシルエットにして、宇宙飛行士は特定の性別にとらわれない職業であることを表現した。元宇宙飛行士の向井千秋さんや山崎直子さんに続く、日本人女性宇宙飛行士の誕生が近いかもしれない。
多様なスキル必要 専門分野・学歴不問に
前回は08年に新規の宇宙飛行士の募集があり、963人の応募から3人が選ばれた。他国では宇宙飛行士の新規募集には数万人もの応募が集まるが、日本は募集条件が厳しく断念する人が多いという。今回、多くの人に門戸を開き、多様性の時代に見合う人材を選抜するために募集条件を見直した。JAXAの山川宏理事長は「宇宙飛行士に求められる能力やスキルの多様化が欠かせない」と話す。
応募資格の大きな変更点は、応募者の専門分野と学歴を不問にしたことだ。これまでは自然科学系の4年制大学卒業以上が対象だったが、今回は文教系の出身者や短期大学・高等専門学校の卒業者にも応募資格が与えられる。
国際宇宙ステーション(ISS)でのミッションは特殊な技能が不要なうえ、科学的な知識や技術、整備技能は訓練で習得できるとされている。JAXA宇宙飛行士の若田光一さんは「手順書を正確に理解して効率的で冷静にミッションを実施できる能力が必須」と強調する。とはいえ宇宙飛行士の訓練や任務には、一定の理系分野などの知識が必要。そのため一般教養と科学や数学の知識を問う「STEM分野」の試験を設け、最低限必要な知識があるかを評価する。
新たな宇宙飛行士の選抜は約1年かけて実施される。すでにエントリーシートの提出は始まっており、書類選抜を含め5回の選抜がある。書類選抜の通過者は、5月に実施する第0次選抜で英語や一般教養、STEM分野などの試験を受ける。第1次から第3次選抜では、医学検査やプレゼンテーション試験、資質特性・運用技量試験などが行われる。
選抜段階が上がるにつれて試験の実施期間が長くなり、最終の第3次選抜の期間は約3週間に上る。ISSを模擬した閉鎖空間に数週間滞在する“実地試験”などで、宇宙飛行士としての素養があるかを判断する。最終的に宇宙飛行士の候補者が決定するのは23年2月ごろ。同年4月にJAXAの職員となり基礎訓練に従事し、25年3月にも宇宙飛行士として認定される見通しだ。
日本製品は高性能・品質→宇宙ビジネス期待
近年、月面開発に向けた民間企業の動きが活発化している。宇宙ベンチャーのispace(アイスペース、東京都中央区)は、開発中のランダー(月着陸船)で月面着陸を目指している。研究機関や企業が開発した装置などを載せて輸送し、月面での実証実験の機会を提供する。
プロジェクトに参加する高砂熱学工業は、月面用の水素製造装置を開発、実証実験に乗り出した。月着陸船に積載するため、地上用装置の体積を60分の1、重量を90分の1に小型・軽量化した。装置と飲料用ペットボトル程度の容量の水を月面に運び、動作確認を実施する計画。将来は装置を使って月に存在する水資源を水素に電気分解し、ロケットや探査用ロボットの推進剤に利用することを視野に入れる。
宇宙開発は未開拓な部分が多く、民間企業が参入しにくい側面もある。JAXA宇宙飛行士の油井亀美也さんは「日本企業の製品は高性能で高品質。宇宙開発が求める技術であり、世界規模のビジネスになりうる」と指摘。各社の技術が宇宙開発に応用されれば、日本ならではの宇宙ビジネスの確立も期待できる。