本格化する「春闘」、賃上げの勢い取り戻せるか
春季労使交渉(春闘)が本格化する。新型コロナウイルス感染拡大の逆風を受けながらの交渉は今回で2回目。2021年はコロナの影響で大企業の賃上げ率が8年ぶりに2%を割り込んだ。企業業績の「K字」回復が鮮明となる中で、賃上げの勢いを取り戻せるかが22年のポイントとなる。物価上昇局面にあって、中小企業も含めたサプライチェーン(供給網)全体でどこまで賃上げが広がるかも焦点だ。(編集委員・池田勝敏、幕井梅芳)
「働き手に生み出した成果を適切に分配すべく、企業の責務として、賃上げと総合的な処遇改善に取り組むことが重要だ」。1月に開かれた連合の芳野友子会長との会談で、経団連の十倉雅和会長はこう指摘した。芳野会長も、海外と比べて日本の実質賃金が長期に渡って低迷していることを問題視、「将来を見据え、賃上げを起点とした需要喚起で経済を自律的な成長軌道に導く必要がある」と強調した。
両者賃上げの必要性を認識しているが、賃上げの考え方には相違がある。経団連がまとめた経営労働政策特別委員会(経労委)報告では、コロナ禍でも業績が好調な企業については「ベースアップの実施を含めた新しい資本主義の起動にふさわしい賃上げが望まれる」とし、業績悪化の企業は事業継続と雇用維持を優先して協議すべきだとした。定期昇給相当分2%とベアを合わせ4%程度の賃上げを掲げる連合と違い、一律の賃上げには否定的だ。
中小の処遇改善―取引適正化カギ
一方、経労委報告では、中小企業の賃上げと総合的な処遇改善が重要だとして、「その原資の確保に向けてサプライチェーン全体での取り組みの強化が望まれる」とも明記。原材料価格が上昇する中で、取引適正化の重要性を前面に出した。日本商工会議所の三村明夫会頭は「中小が実力で賃上げするのは難しく、取引適正化が重要になる」と評価。連合も従前からサプライチェーン全体で付加価値を適正分配することを重視している。物価上昇で賃上げの必要性は高まっており、中小への賃上げ波及も例年より注目される。
経団連副会長 経営労働政策特別委員長(コマツ会長)・大橋徹二氏/日本の停滞、経営者に危機感
―交渉に当たってのスタンスは。
「(自社の業績や支払い能力などを勘案して決める)賃金決定の大原則に則って、個社の労使が協議して決めるべきだ。一律ではない。ただ、業績が良い企業は主体的に(賃上げを)やってほしいと呼びかけている。悪い企業は事業継続と雇用維持を優先しつつ、複数年度先を見て協議してほしい」
―経労委報告でのベアの書きぶりについて、昨年は「選択肢」だったが、今年は「含めて」と前向きになっています。
「昨年のこの時期はコロナの影響が見えにくかった。21年1―12月で見ると海外経済が動きだし、それに引っ張られる形で日本からの輸出が増えた。今回は少し見え方が違う。日本の賃金レベルを改善しなければという危機感が経営者の間にあることも背景にある」
―物価上昇分をベアに上乗せすべきだという考えをどう捉えますか。
「物価の上昇率も賃金を決めるときの一つの要素だ。その要素も含めて個社が賃金決定の大原則で決めていくことだ」
―将来不安を払拭(ふっしょく)するためには、基本給を引き上げるベアを優先すべきでしょうか。
「ベアをしたから将来不安が解消するという話ではない。賃金は基本給、諸手当、一時金をどう組み合わせるかが大事だ」
―経労委報告では取引価格の適正化を打ち出しています。
「賃上げのモメンタム(勢い)の重要性を考えたときに、中小企業の賃上げの原資に触れた方が良いとなった。(発注企業が取引先に配慮する)『パートナーシップ構築宣言』への参加や原材料費の上昇をサプライチェーン全体、社会全体で受容することが必要だ」
―政府が賃上げ税制を拡充するなど、賃上げの環境整備を進めています。
「個社が自社の状況を考えて交渉するのが基本だ。(取引価格の適正化も合わせ)中小経営者が判断する時の後押しになるだろう」
連合会長・芳野友子氏/男女格差、職場ごとに見える化
―中小企業と大企業の賃金格差をどう受け止めていますか。
「年ごとに加盟組合がしっかり交渉してきたが、(格差是正の)成果は十分に出ていない。毎年、労使交渉を積み重ねることが重要だ。今年も引き続き、加盟組合と協力して労使交渉に臨みたい。一方で賃上げを獲得した組合数で比べると、中小組合が大手組合を上回るなど、一部で成果も出てきている。ものづくり産業労働組合(JAM)や自動車総連などが、中小の賃上げに力を入れる方針を打ち出しているので期待している」
―地方の中小企業は賃上げが難しいです。
「地域ごとに課題が異なるうえ、中小には価格転嫁の問題がある。大手からの買いたたきがないよう、政府には賃上げの環境整備を働きかける。一方で大企業にも『パートナーシップ構築宣言』を呼びかける。賃上げ以外にも労働時間、福利厚生や福祉などを含め、5年後、10年後の企業像がどうなっていくのかを労使間でしっかり話し合うことが欠かせない」
―ジェンダー平等の推進を打ち出されています。男女間の賃金格差是正と、どう結びつけますか。
「男女間の賃金格差は、個々の職場ごとに見える化することが大事だ。なぜ女性の賃金が上がらないのか、女性の賃金水準などを要因分析すべきだ。こうしたデータを労使間で共有しながら交渉する。女性の意思決定過程への参加がカギになるとみており、連合運動のすべてにおいて、その状況を注視する」
―「官製春闘」について、受け止めと評価をお願いします。
「官製春闘はここ数年、成果に乏しいのが実情ではないか。賃上げや労働条件の処遇交渉は本来、労働組合の役割だ。政府の干渉はいかがかと思う。ただ、賃上げの雰囲気づくりという意味では歓迎している。連合としては、昨年より春闘の方針を前倒しで打ち出した。コロナ禍で業種・企業ごとに環境が異なるので、それも踏まえて労使交渉に備えてほしい」