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戦力外通告3日後から就活。なぜ元千葉ロッテ打者は第二の人生をすぐ歩み出せたのか

【連載】転換点 #05 日本プロ野球選手会事務局職員・肘井竜蔵氏

千葉ロッテマリーンズの打者として活躍した肘井竜蔵さんは、日本プロ野球選手会事務局の職員として選手のセカンドキャリア支援などに精を出す。5年目のシーズンが終了した2018年に22歳で戦力外通告を受け、その3日後に就職活動を始めてたどり着いた仕事場だ。「プロ選手」という憧れの舞台を降りてすぐに次の一歩を踏み出せた理由やプロ野球選手のセカンドキャリアの現状を聞いた。

「正直ほっとした」

-戦力外通告を受けた後すぐに次のキャリアへの一歩を踏み出せた理由は。
 野球を辞めて企業に就職する方向性は決めていたので、就活に動かない理由がありませんでした。(元々プロとしての)最後の1年は(2軍での)試合の使われ方などから、今年で戦力外かもしれないと腹をくくっていました。2年目の試合中に、顔に死球を受けてから本来のバッティングの感覚は消えており、長く続かないだろうとも思っていました。その中で、(戦力外になるのならそれは力足らずだった)自分の責任にして、スッキリした状態で次のステージに進みたいと考えていました。

-実際にスッキリした状態だったと。
 戦力外通告を受けたときは正直ほっとしたんです。もうあれほど大変な思いをしなくていいと。本当にしんどい最後の1年でしたから。自分がいかに結果を出せるかに集中しました。3割打っても試合で使われない時にそれを嘆くのではなく、ほぼ不可能ですが、10割打つという努力を自分ができているのかを問いかけ続けた1年だったので。

-2年目の死球によるケガがなければと振り返ることはありませんでしたか。
 まったく気にしませんでした。ケガをしても成績を残す人はいますから。それに自分がコントロールできないものの責任にしても前には進めないので。とにかく自分が下手だったから、プロの世界ではダメだったと胸を張って言いたかったです。

-あくまで自分の責任として受け止める力はどのように培われたのですか。
 (中学校の教師で野球部の監督を務めていた)父親に叩き込まれました。「人のせいにせず、チームの負けを背負える選手になれ」と。小学生のときはミスをした友達を責めていました。そうしたときに「友達がエラーする前に(ポジショニングの修正を促すなど)声をかけたのか」と散々叱られて。当時は指摘されてもなかなか治らなかったですけど(笑)。

-肘井さんにとって5年間のプロ生活はどのようなものでしたか。
 「夢の中」でしょうか。野球だけをやってお金がもらえる恵まれた世界でした。ただ、それは外に出た今だからこそ言えるわけで、その中に戻りたいとは思いません。常にプレッシャーにさらされる非常に厳しい世界ですから。あれほどしんどいことはこれからもないでしょう。だからこそ、(今の仕事では)なんでもできると思っています。

就活は楽しかった

-就活を人生で一番楽しかったと振り返っていますね。
 会社の説明会や面接を通して、この会社はこうやってお金を稼いでいるのかといった自分の知らない世界を知ることがとても楽しかったです。

-最終的にプロ野球選手会の事務局を仕事場に選んだ理由は。
 就活で多様な仕事を見たり聞いたりする中で、誰かを支える仕事がしたいと考えました。裏にこんな仕事があるからこそ、こんな人が救われたと言われるような仕事ですね。そう思っていたときに、事務局が声をかけてくれ、惹かれました。黒子として待遇改善など野球選手の環境をよくする力になりたいと思いました。就活をしたからこそ自分のやりたいことが見つかったと思います。

-事務局では選手のセカンドキャリア支援もなさっています。
 引退してとにかく仕事を紹介して欲しいという場合は、提携する人材派遣会社を紹介します。ただ、実際は何をしたらいいのかが分からないという選手が多いです。事務局ではそうした選手と面談して方向性を一緒に探る活動をしています。

-プロ野球選手はセカンドキャリアに前向きになりにくいものでしょうか。
 どうしてもネガティブに捉えられてしまいます。しかし、セカンドキャリアはプロアスリートにとっての「転職」です。一般社会では当たり前で、自分自身がより良くなるためのポジティブな行動です。もちろん、選手時代にもらえたような給料がもらえるわけではありませんが、決して暗いものではありません。それを選手に伝えていくことは課題です。

また、野球はサッカーやラグビーに比べて年間の試合数が多く、現役中にセカンドキャリアを考えて行動することが難しい現状もあります。それに、現役中に次のキャリアを考えることがどこか悪とされている風潮もあります。それらを変えないといけません。

-事務局としてそうした課題にどう対応していますか。
 10月に開催される(プロ野球の教育リーグである)フェニックスリーグで若手選手向けにキャリア研修を行っています。そうした活動をもっと広げたいです。

-肘井さんの今後の目標は。
 高校を卒業した選手が迷わずプロ入りを決断できる環境を作りたいです。大学進学も選択肢ではありますが、プロ野球の世界に入ったからこそ、よいキャリアを気付き、よい人生を送れたという世界にしたいです。そのためにはまず、セカンドキャリアを充実させる環境を作らないといけません。

略歴:兵庫・北条高校卒業後の13年に育成ドラフト1位でロッテに入団。プロ2年目の15年に開幕1軍入り。4月2日の日本ハム戦でプロ初安打、初打点をマークした。17年には1軍で自己最多の18試合に出場したが、18年10月に戦力外通告を受け現役引退。19年1月に日本プロ野球選手会事務局に入局。26歳。兵庫県出身。
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葭本隆太
葭本隆太 Yoshimoto Ryuta デジタルメディア局DX編集部 ニュースイッチ編集長
「転換点」をテーマにインタビュー連載をしようと決めたとき、真っ先に頭に浮かんだのがプロアスリートのセカンドキャリアでした。肘井さんは、プロ野球選手にとって一般に前向きになりにくいものと語っていますが、だからこそ、その一歩を踏み出すときの心境を聞きたいと思いました。インタビューを通して肘井さんがその一歩をすぐに踏み出せた背景には、物事を自分の責任として受け止めようとする強さがあると感じ、いちビジネスパーソンとして見習いたいと思いました。

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