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【連載】アジアの見えないリスク#02M&A締結、中国とインドでどこが違う?

文=福谷尚久(プライスウォーターハウスクーパース・パートナー)
 M&Aの交渉はいずれの段階でも気を抜けないが、契約締結において対照的なのがインドと中国である。インド企業との交渉では、契約書にサインするまでが大変で、契約締結日の直前になって内容の変更を要求してくるのだ。ただし順法意識の高い旧英連邦の一国ということもあり、サイン後はきっちりと契約内容を遵守する。

 一方、中国企業との交渉では、契約締結は交渉の一里塚に過ぎず、サイン後に約束を反故(ほご)にされることも。契約を結んでからが交渉の本番と考えるべきだろう。

 実例を示そう。日本企業が、売上高1兆円規模のインドのコングロマリット企業の子会社を買収した案件では、条件が整い明日が契約調印日となったタイミングで、突然インド側から「オーナーがどうしても、このプライスでは売れないと言い始めまして…」ときた。

 通常”真面目な“日本企業は、ギリギリの日程で役員の出張などを組んでおり、前後の予定に融通がきかず、多くが泣く泣くこれを受け入れてきた。これには「交渉は終了しており、一切の変更は認めない。調印延期や交渉の決裂も辞さない」と断固たる態度で臨むべきで、「言うべきことは遠慮せずに言う」ことが必須である。この事例も強い姿勢で相手に迫り、結局は調印1時間前に合意内容に全く変更を加えず収拾することができた。

 中国で最も典型的なのはM&Aの契約調印後にクロージング(届け出や資金決済、権利移転等取引が最終的に完了すること)に向け関係当事者が調整している間に、「やっぱりやめた」と通告されるケースである。

 多くは中国企業が「売り手」側で、「もっといい条件を出す先が現れた」という理由によるもの。一旦(いったん)契約締結しても、水面下で別の相手と交渉を続けているのだ。最終契約は法的拘束力があるので、これを盾に履行を迫っても、「ここは中国。訴えるのは勝手だが、勝ち目はないぞ」という開き直りとともに、司法当局や政府機関との密な関係を匂わせる、というのが常套(じょうとう)手段だ。

 いずれの場合にも、(1)「法治より人治」のリスクに備えておく、(2)合意事項の追加・変更や条件要求への妥協は禁物で、断固拒否して争うことも辞さない態度で臨む、(3)調印式もセレモニーと考えずスケジュールに余裕をもつ、等を共通項として準備することが肝要だ。もっとも、前言を翻すような相手とM&Aの後に付き合っていけるのか、という根本的な問題は残るので、これはケース・バイ・ケースで考える必要があるだろう。

<毎週月曜日に連載予定>
 【略歴】
 福谷尚久(ふくたに・なおひさ)三井住友銀行(米)、大和証券SMBC(星)、GCAサヴィアン(印・中現法代表等歴任)及び現職にて、業界再編・MBOなど多様なM&A案件をアドバイス。国際基督教大(ICU)卒。コロンビア大MBA、筑波大法学修士、オハイオ州立大政治学修士。著書は「M&A敵対的買収防衛完全マニュアル」など。
日刊工業新聞2015年12月18日国際面
明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役デジタルメディア事業担当
元インド大使の榎泰邦さんは、インドと中国の決定的な違いは「20年後の想像がつくかつかないか」と言ってます。 参考に http://newswitch.jp/p/2277

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