「事業承継」はいつ起こるかわからない。備えに必要な5つの視点
会社経営を始めれば、やがて継承するときはくる。もしかしたらその日は突然かもしれない。経営者本人が倒れたり、社会情勢が断続を許さなかったりというリスクがあり、そこに備えがなければ、企業は倒産してしまうかもしれない。では、そうしたリスクに対してどんな備えが必要か。『後継者不在、M&Aもうまくいかないときに 必ず出口が見つかる「縮小型事業承継と幸せな廃業」』(青山財産ネットワークス編、日刊工業新聞社刊)から一部抜粋して、備えを考える上で必要な視点を解説する。
株式の移転は対策のほんの一部
多くの方は、相続の備えといえば相続税の対策を想像するでしょう。しかし、事業承継の場合、株価対策だけでは円滑に事業が続いていきません。なぜなら、株式の移転は事業承継対策のほんの一部に過ぎないからです。
私どもは、特に家族や親族も関わって経営されている中小企業に対しては、事業を全体的・多角的に眺め、5つの視点から備えをするようアドバイスをしています(下表)。事業承継にあたって注意すべき項目が5つあるということです。
1番目は「円滑な経営承継」です。円滑な経営承継に必要な条件は、「現経営者の意思が反映された経営承継ができる」ことと、「承継後も会社が成長・発展していく環境が整っている」ことです。その条件が整っているかというチェックのポイントは、事業に持続性や成長性があるかどうか、経営の安定化が図れる株主構成になっているかどうか、後継者が明確になっているかどうか、さらには、財務が健全であるかどうかです。
かつて、相続でもめて仲が悪くなった親族が、かなりの株式を保有していたという事例がありました。先行きも明るくなく、売上が右肩下がりのため、経営者は廃業したいのに、その親族が株式を手放してくれません。会社を解散するには株主総会で議決権の過半数を有する株主が出席して、出席した株主の議決権の3分の2以上の賛成が必要ですから、そうなると廃業ができないのです。廃業したくてもできない状態に陥りました。いくらコンサルタント会社に相談にきても、他人の所有物を無理やり奪い取ることはできませんから、どうすることもできません。そのようなことが起こらないように、経営者は承継前からきちんと経営の安定化が図れるように、株式の配分先を整理しておくべきです。
【2.円滑な財産承継】2番目は「円滑な財産承継」です。財産承継にもきちんと経営者の意思が反映され、家族間で争うことなく、合意された財産の承継が行われるようにすることです。それを実現できるか、そのチェックポイントは、財産承継方針が明確になっているかどうかと、それについて家族の理解があるかどうかになります。
株式の売却を拒まれたがために会社を解散できなくなったケースでも分かるように、財産の相続でもめないようにしておくことは、事業を円滑に承継できるかどうかのみならず、家族や親族間にしこりを残してしまうかどうかにも関わってきます。承継するうえで、最も重要な準備ともいえます。
【3.相続税の納税資金の確保】3番目は、それぞれの相続人が円滑に納税できるかという「相続税の納税資金の確保」です。想定される相続税額を知ると同時に、5年後、10年後と、将来の財産評価による相続税額を知ることがポイントになります。
せっかく事業を承継しても、相続税が払えず、資金繰りがショートしてしまったのでは仕方がありません。日本の相続税は他国と比較しても高くなっています。その時がきて慌てないように、納税資金も計画的に確保していく必要があります。
4番目は、資産運用をして資産形成を行う「財産の運用と保全」です。ポイントは、経営承継後、経済的に安心して生活ができること。そして、相続発生後、残された家族が経済的に安心して生活ができることです。
前経営者の他界によって事業は承継されたのですが、残された配偶者に収入がないため生活に困窮してしまうという話はよく耳にします。そのようなことがないように、財産を運用して最低限の生活が維持できるような仕組みを作っておきたいものです。
【5.まさかへの備え】最後、5番目が「まさかへの備え」です。突然の相続や認知症の発症、災害、経済環境の変化が起こっても、会社や家族が安心して暮らせる環境を整えておくことが重要になります。ここでやっておくべきことは、まさかの時でも、会社の経営が不安定にならないようにしておくこと、財産承継において争いにならないようにしておくこと、相続税を納税したうえで、家族のその後の生活資金も確保できていることです。
かつて、創業社長が急逝された企業がありました。子供はお嬢様だけで、ゆくゆくは彼女が後を継ぐべく、他社に就職して武者修行をしていた矢先です。お嬢様がまだ20歳代前半と若かったため、継げる日が来るまで創業社長の奥様がピンチヒッターで社長に就任しました。しかし、奥様は経営のイロハもご存じありません。その結果、昔からいた役員たちが好き勝手を始めたのです。気付くと赤字額が大きくなり、にっちもさっちもいかなくなってしまいました。お嬢様が育つまで会社がもたなくなってしまったのです。仕方なく不採算部門を畳んで、売却されました。もしも、いざという時に備えて、円滑な経営承継ができるように役員の間で経営方針についての合意ができていたなら、有能なお嬢様でしたから、もっと違う結果になったのではないでしょうか。
体制整備には年単位の時間が必要
このように事業承継はいつ起こるか分からないのです。「自分が引退を決めた65歳になるまで、まだ10年以上ある」などと悠長なことを言っていてはいけません。急な事業承継があっても、会社のガバナンスが揺るがない、残された家族もきちんと生活を維持することができる。相続税によって企業の経営が逼迫しないようにしておくことは、安定した企業経営にとって最重要課題となります。
これらの体制を整えるためには、年単位の時間が必要です。また、社会情勢も企業の利益や資産などの数字も絶えず変化をしていますから、一度、5つの視点から体制を整えればもうそれでいいというものではありません。毎年見直して、理想的な状態に修正していくことが重要なのです。
後継者不在、M&Aもうまくいかないときに 必ず出口が見つかる「縮小型事業承継と幸せな廃業」
青山財産ネットワークス[編]
日刊工業新聞社刊
196ページ、1500円(税別)