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国が取り組む「規制改革の推進」、企業はこの機会をどう生かす?

企業が新たな付加価値を創出するためには、トライ&エラーを繰り返す場が重要になる。事業化にめどがついても、規制に阻まれて事業化のタイミングが遅れることもある。既存規制にとらわれずに企業は新たな価値をいかにして生み出すか。改正産業競争力強化法に盛り込まれている「規制改革の推進」の諸制度は企業のイノベーションを前進させるエンジンになるだろう。

新技術を試す場を提供

「SMS(ショートメッセージサービス)をビジネス上のスタンダードにしたい」。リンクスの夏山昌和取締役は自社のクラウドサービス「SMAPS」の普及に意欲を示す。

「SMAPS」はブラウザ上で簡単に操作が可能なSMSを使ったシステム。SMSを用いて、「通知」「本人認証」から「決済」までをワンストップで手がけられ、約400社に導入されている。

メールやアプリではなくなぜ今の時代にSMSなのか。夏山取締役は「SMSは電話番号に紐付けられている。そのため、顧客への『情報到達率』が圧倒的に高い。メールやSNSなど他のコミュニケーションツールに比べて『本人認証』を高い水準で実現できる」と語る。

SMSはメールやSNSなどに比べて「本人認証」を高い水準で実現できる。ビジネスツールとしての可能性は大きい。

そのSMSの特徴を生かした新たな試みが始まったのは2020年11月。債権譲渡通知に関する実証実験を始めた。

債権譲渡は譲渡人と譲受人との間で譲渡契約をすれば成立するが、債務者に対してはそれだけでは効力をもたない。まずはその事実を債務者に通知しなければならない。譲渡人からの通知がなければ譲受人からの支払いを催促されても拒否できる。さらに、多数の譲受人が生じた場合、譲受人が他の譲受人との関係でも譲渡された債権の債権者であると主張できる効力は、内容証明郵便等によって最も早く通知が行われた債権譲渡の譲受人に与えられる。リンクスは大手金融機関6社と既存の通知方法と同時にSMAPSを利用したSMSによる通知を検証した。

こうした実証の成果を夏山取締役は「郵便と同等以上の機能を提供できたと考えている」と振り返る。「郵便の配達と比べると、紛失のリスクを減らせる。記録がしっかりと残るので、二重譲渡を防ぐのにも有効だ」。SMSのタイムラグなく通知できる特性が生きる。

この先進的な試みは、既存の規制の適用を受けることなく新技術を試せる「規制のサンドボックス制度」の存在が不可欠だった。夏山取締役も「SMSでビジネスの世界を変えたい当社にとっては大変ありがたい制度だった」と振り返る。

規制のサンドボックス制度は2018年6月施行の生産性向上特別措置法で3年間の時限措置として創設された。

規制改革に踏み切るには安全性等が確認されたことを裏付けるデータがなければ規制当局は躊躇してしまうが、事業者は規制の存在のために試行錯誤できず、制度改革に必要なデータを取得できない。そこで考えられたのが、同制度だ。

経済産業省の産業創造課新規事業創造推進室の中村昌克室長補佐は「参加者や期間を限定し、『まずやってみる』ことを許容する枠組み」と語る。これまで21計画140社が認定されている。改正産業競争力強化法に関連規定を移管し、恒久化された。

法律や規定に抵触しないかを判断

「新薬開発のネックだった治験のコストを大幅に下げられる」。医療用アプリなどを手がけるサスメドの上野太郎社長は自社の新技術の利点を語る。同社も規制のサンドボックス制度を活用した一社。ブロックチェーンで治験を効率化するシステムの実証を経て、2021年度内にサービスの提供を本格化する。

新薬開発などには治験が欠かせないがコストの高さが大きな課題になっている。治験のデータ改ざんを防止する業務を人手で担っていることが背景にある。

医師が診察して入力した電子カルテから提出用シートへの転記や、電子カルテと提出データに食い違いがないかなどの確認を医薬品開発業務受託機関(CRO)の担当者が手作業で全て行っている。医師が入力した原資料となる電子カルテと提出データの照合作業は一件ずつ治験施設に赴き、照合している。当然、人件費は膨らみ、CROの売上高の半分以上がこうしたモニタリング業務が占めるともいわれる。

サスメドのブロックチェーン技術を使ったサービス(図参照)を使うことで、改ざんが防止され、転記のミスや全体の工数削減を実現する。原資料との照合を担う臨床開発モニター(CRA)の業務量を75%削減できるとの試算もある。

サスメドのブロックチェーン技術を使ったサービス

同社はサンドボックス制度の実証で得られた結果をもとに、グレーゾーン解消制度も活用した。

新規事業が様々な領域にまたがると、思わぬ規制にぶつかることになりかねない。グレーゾーン解消制度は文字通りあいまいな点の適法性を確認できる。企業が国に事業計画を示すと、ある法律や規定に抵触しないかを判断してもらえる。

「適法かどうかを事業者が判断するのは難しい。どこに相談すればいいかもわからない」(上野社長)。サスメドは同制度を使うことで、治験でのモニタリングにブロックチェーン技術を使ってもいいと確認され、実用化に大きく前進した。

規制のサンドボックス制度やグレーゾーン解消制度は事業者にイノベーション創出に専念する環境をもたらす。特定の産業だけでなく、幅広い分野や規制が対象のため、これまで想定もしていなかったアイデアが生まれることも期待される。

今回の特集で取り上げた「改正産業競争力強化法」は事業の発展段階に応じて国が様々な形で活動を支援する仕組みになっている。事業者が制度を理解し、活用することで、更なる事業成長や新事業創出のきっかけにできるだろう。

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