パラアスリートの活躍を支えた中小企業の底力
東京2020パラリンピックがいよいよ始まります。この大舞台に向けて、ひたむきに努力を続けてきたアスリート達のストーリーは心を奪われるものばかりですが、そんなアスリート達が愛用する義肢や装具、車椅子などの1つ1つにも、パラリンピックに向けて地道な開発を続けてきた日本の中堅・中小企業のストーリーがあります。
地場産業で培った技術
静岡県浜松市。スズキ、ホンダ、ヤマハといった国産バイクメーカーが創業した「オートバイ誕生の地」であり、裾野の広いバイク産業が集積しています。この地でオートバイ部品向けの金型や金属加工技術を磨いてきた橋本エンジニアリングは、車いすテニスに出場予定の田中愛美選手が乗る車いすを製造。リーマンショックを機に、脱下請けを目指して「世界最軽量の車いす」を自社開発したことがきっかけでした。素材として使用されているマグネシウム合金は、実用金属で最も軽い一方、加工が非常に難しいもの。オートバイ部品の製造で地域とともに培ってきた技術が、パラアスリートが世界と戦える競技用車いすとして花開きました。
岐阜県各務原市の今仙技術研究所は、自動車部品メーカーである今仙電機製作所の医療器部として発足しました。長年の研究開発で培った歩行技術のノウハウを生かし、スポーツ用品専門メーカーのミズノと共同で陸上競技に出場予定の高桑早生選手の義足に使われる板バネ「KATANAΣ(カタナシグマ)」を開発。長年にわたって改良を続けてきました。注目は、日本人の体格に合う扱いやすさ、そして板バネの中央に大きな空気孔と、空気を整える整流パーツを設けた世界初のデザイン。従来品に比べて約15%の軽量化と、約31%の空気抵抗減などに成功しました。
アスリートのパフォーマンスを向上させるため、空気抵抗を減らし、軽量化を図ると同時に、十分な強度を保つその秘訣は、地場産業である航空機産業で培った炭素繊維複合材料の設計・製造技術と、現場で要求されるニーズを製品化してきた経験です。これらの技術と経験が、日本のアスリートを強くします。
最後は官能評価
「あきらめなくてもいい」。義肢や介護支援機器を通じて、障がいや制約の有無にかかわらず、すべての人が能力を発揮できる社会を支えてきた大阪府大東市の川村義肢。車いすテニスに出場予定の国枝慎吾選手が乗る競技用車いすや、カヌー競技に出場予定の瀬立モニカ選手の競技用カヌーのシートを開発しています。競技中の激しい動きに負けないよう選手の体をしっかりと固定し、なおかつ上半身の動きやすさを追求していくシートの設計。競技によっても求められる性能は異なる上、体の動かし方にも選手それぞれの特性があります。選手一人ひとりの体に合ったオーダーメイドのものづくりは、すべて手作業で行われます。
埼玉県上尾市の名取製作所は、金型の設計製作やプレス加工を行っている会社です。独自の技術を生かし、スポーツ用義足で使われるスポーツアダプターの製造を手がけています。スポーツアダプターは、板バネと膝接手を接続する、いわば関節の役割を担う部品。小さな部品ですが、義足全体がスムーズに機能するため、繊細な調整と精密な加工技術が欠かせません。同社は、国立研究開発法人産業技術総合研究所と共に開発を進め、陸上競技に出場を予定している山本篤選手の義足をサポートしてきました。選手の動作を精密に計測し、部品にかかる力を解析することで、無駄のない設計を追求してきましたが、「最後は官能評価」。アスリートの鋭敏な感覚に応え続けるため、飽くなき挑戦を続けています。