クッキーやクランチが美味しい!?食糧危機を救う「コオロギ」の可能性とは
飼育が容易で高たんぱく・低糖質のコオロギ
この季節、都心でも公園の端や植え込みの陰などから虫の音が聞こえてくる。コロコロコロ…と哀愁も漂う鳴き声を響かせるのは、「秋の虫」としてお馴染みのコオロギだ。実はこのコオロギ、将来は「美味しい虫」としても広く認識されるようになるかもしれない。
今、世界では、当面は人口増加が続くことに加え、気候変動によって食糧危機に陥る地域が増えるリスクが指摘されている。そんな中、食糧危機の解決策として、EUや米国をはじめ世界から注目を集めているのが昆虫食、なかでもコオロギなのだ。
国内でいち早くコオロギ研究に取り組んでいるのが徳島大学で、同大学の野地澄晴学長は、著書『最強の食材 コオロギフードが地球を救う』(小学館新書)の中で、コオロギが人類に貢献する、さまざまな可能性を紹介している。
野地学長によれば、食材としてのコオロギは、高たんぱくで低糖質。さらにコオロギは繁殖力が強く、雑食のため飼育しやすい。そのため低コストで大量に入手可能だ。
これらのメリットによって、まず、動物性タンパク質の持続的な安定大量供給手段として、SDGsでいうところの「飢餓」対策となる。また、メタンガスの排出をはじめとするさまざまな環境負荷が指摘される従来の畜産を代替することで、「気候変動」対策にもなる。
それだけではない。コオロギは無駄なくすべて食べられ、脱皮殻が医療材料などに使えるほか、排泄物も植物の肥料に使える。廃棄物ゼロなのだ。さらに、医薬品開発のための実験に用いられるショウジョウバエの代わりにもなる。
「コオロギ工場」で大量生産の準備が進む
実はコオロギは、世界中に3,000種以上が発見されているという。その中でも、繁殖のスピードが速く、食用にふさわしい種と考えられる一種が、石垣島などに生息するフタホシコオロギなのだそうだ。この種のコオロギは、1,000個の卵のうち6割が成虫まで成長すると仮定して理想的な環境で繁殖させた場合、1年で成虫の数が約477兆匹になるという。まさに「爆発的」に増えるという表現がふさわしい。
もともと発生・再生生物学の専門家だった野地学長は、コオロギの食用としてのポテンシャルに気づき、2016年に「フタホシコオロギ食用化研究プロジェクト」を立ち上げた。そして、「無印良品」を展開する良品計画とのコラボレーションにより、コオロギを粉末化した「コオロギ・パウダー」を用いた「コオロギせんべい」を開発。2020年5月に販売を開始した。
一方で徳島大学の教授陣は、食用コオロギを生産する大学発ベンチャー、株式会社グリラスを2019年5月に設立。自社ブランド「シートリア」のもと、コオロギ・パウダーを使ったクランチやクッキーなどを開発している。
普及に向けて大量生産の準備も進む。2019年6月、徳島大学は、トヨタグループの大手自動車部品メーカー「ジェイテクト」と包括連携協定を締結した。現在、徳島県美馬市にある廃校となった小学校の教室を飼育部屋として活用する構想が進んでおり、植物工場ならぬ「コオロギ工場」で、生産量を10倍にする目標を掲げる。「トヨタ生産方式」の効果に期待したいところだ。
コオロギフードは「寿司」になれるか
巨大なポテンシャルを秘め、商品開発、大量生産の準備が進むコオロギフードだが、今後の普及に向けて、何がボトルネックになるのだろうか。
昆虫食に限らず、新しい商品やサービスが市場に受け入れられるには、社会の側に受け入れる準備、すなわち「社会受容性」がなければならない。例えば自動運転車であれば、技術的課題の解決や法整備が進んだとしても、運転手のいないクルマが一般道を走行することに市民が理解や賛同を示さなければ、普及は難しいとされる。
コオロギフードの場合も、研究によって食品としての安全性は一定基準を満たしており、栄養価も高い。SDGsの観点から有用な食品であるのも間違いない。ただ、普及に向けての社会受容性は、まだ高いとはいえない。たとえ粉末化されているとしても、虫の姿が想像されて心理的に抵抗のある人もいるだろう。
では、どうすれば社会受容性を高められるのか。もっとも良いのは、食品としての商品価値、すなわち「美味しさ」を向上させ、市場に求められることだろう。
またしてもクルマの例で恐縮だが、電気自動車は「環境にやさしい」だけでは普及しない。価格やデザインもさることながら、加速性能や操縦安定性、航続距離といった、クルマそのものの価値の高さを求められる。コオロギも、持続可能性や栄養価だけでなく、「美味しい」食材としての価値の高さを持つことが、社会受容性を確立する近道と思えるのだ。
その可能性は十分にあるのではなかろうか。私も、グリラスが提供する「シートリア・クランチ」を食べてみた。食品として違和感はまったくない。後味のエビに似た風味は十分魅力的だ。
さらに、飼育時の餌を変えることで、コオロギフードの味にバリエーションを出すことも可能だそうだ。例えば、柚子を餌にすると、柚子の風味が味わえる。味が進化し、多様化すれば、環境志向や物珍しさから試してみる食材から、「美味しいから食べたい」と思われる食品として、コオロギフードは一気に普及する可能性もあるのではないか。
かつて、生魚を口にする日本の食文化は、欧米人には受け入れがたいものだった。ところがいまやSUSHI(寿司)は、ヘルシーで美味しい日本食の代表格として、世界中で食べられている。「美味しい虫」としてのコオロギがその多彩なポテンシャルを発揮し、“地球を救う”日がくることは、決して夢ではないだろう。
(文=情報工場「SERENDIP」編集部 前田真織)
『最強の食材コオロギフードが地球を救う』
野地 澄晴 著
小学館(小学館新書)
192p 902円(税込)