カーボンニュートラルの実現へ。物材機構が研究を推進する水素センシング技術の全貌
MSSきっかけ
カーボンニュートラル(温室効果ガス排出量実質ゼロ)の実現に向け、水素関連技術の重要性が高まっている。水素は最も小さな元素で、金属などの固体に容易に入り込む。その性質を生かし、水素フィルターや水素吸蔵材として利用される一方で、構造材料などに用いられる金属を脆(もろ)くする水素脆(ぜい)性は、時に大事故の原因となる。
我々は水素の観測技術の研究をしている。その一つが、水素センシング技術だ。この研究のきっかけとなったのは、物質・材料研究機構(NIMS)が開発している膜型表面応力センサー(MSS)だ。MSSは微小な応力を感知することに優れたデバイスで、我々はこれを用いて、水素吸蔵材が水素を吸蔵する際に生じる歪みを応力として捉えれば、水素センサーとして利用できると考えた(図参照)。高感度な水素センシングが可能となれば、感応膜の使用量も少なくて済むため、貴金属などが含まれる水素吸蔵材の省資源化も見込める。
吸蔵速度着目
そこで、まず水素吸蔵材として最も基本的なパラジウムを用いて試したところ、一見厄介な結果が得られた。ある水素濃度に対し、吸蔵量に対応した応力値に近づいていくはずだが、飽和まで1時間以上の時間を要し、水素吸蔵と放出を繰り返すとその値が同じ値に戻らなかった。これはセンサーとして利用するには致命的だ。
ところが、水素の吸蔵速度に着目すると(すなわち時間微分することで)、数十秒という短時間で極大値を持ち、さらにその極大値が水素濃度に対して再現性があることが分かった。
また、水素濃度と応力の極大値の関係を調べると、理想的な表面吸着現象に見られるラングミュア則に従っているように見えた。これは、表面吸着と固体への吸蔵という2段階の化学反応として捉えて、吸着速度が吸蔵速度に対して非常に早いと仮定すると、理論的に説明がつく。
高性能な応力計
こうした知見が得られたのは、高感度のMSSにより、幅広い水素濃度の範囲で実験できたことが大きい。センサー開発という応用的な側面を目指したことが、結果的には新たな基礎的な知見につながった。
MSSは臭覚センサーなど新たなセンシング技術への応用が期待されるイノベーティブなツールだが、別の側面から見れば高性能な応力計とも捉えられる。
さらなる研究で非晶質パラジウム合金を用いることにより吸蔵量を参照してもセンサーとして利用可能であることも見いだしている。今後も基礎と応用を表裏一体として、研究を進めていきたい。(水曜日に掲載)
物質・材料研究機構(NIMS)先端材料解析研究拠点 表界面物理計測グループ 主幹研究員 矢ヶ部太郎
1993年九州大学理学研究科物理学専攻修士課程修了、同年科学技術庁金属材料技術研究所(現NIMS)入所。