輸送機器の燃費効率を向上させる!鉄鋼材の水素脆性克服へ
高強度化の障害
「鉄鋼材料の研究をしている」と言うと「そんな古典的な材料にまだ研究することがあるのか」といった声が漏れ聞こえてくる。だが、革新的な鉄鋼材料は安心・安全なインフラ構築など生活基盤をより強固なものにする。輸送機器の燃費向上を図る上でも、鉄鋼材料の高強度化は喫緊の課題となっている。
鉄鋼材料を高強度化する際に大きな障害となるのが、水素脆性だ。これは材料中の微量な水素によって材料が著しく脆(もろ)くなる現象で、現在開発が進む新規高強度鋼は、大気環境下でも水素脆性が起こる危険性がある。この問題を克服しない限り、新規高強度鋼を幅広く社会実装することはできない。
2様式存在
そこで我々は、代表的な高強度鉄鋼材料であるマルテンサイト鋼の水素脆性について研究している。マルテンサイト鋼の水素脆性では、粒内破壊の一種である「擬へき開破壊」と結晶粒界に沿って破壊が進む「粒界破壊」の二つの破壊様式が存在する。我々は、擬へき開破壊が伝播(でんぱ)する結晶面は、すべり変形が生じる結晶面に対応しており、通常の鉄鋼材料で生じる粒内脆性破壊のものとは異なっていることを発見した。これは、すべり変形が破壊に関与していることを示すメカニズム解明に直結する知見で、破面の結晶学的特徴を調べることで、破壊に水素が関与したか判別できることを意味している。
より脆性的な破壊をもたらす粒界破壊についても新たな知見が得られた。破壊力学解析により、き裂発生と同時に材料全体の破壊が生じる不安定破壊のみでなく、荷重がかかるとき裂長さも徐々に増加していく、安定き裂伝播過程が存在することが分かった。このとき、材料中に存在する水素は変形付加によって、旧オーステナイト粒界と呼ばれる特定の粒界に集積する。そしてこの集積した水素量が一定量に達すると粒界にき裂が発生するのだ。
ミクロ組織設計
これまで粒界き裂伝播は、少なくとも一つの粒界面では連続的であることが常識だった。だが、我々は水素誘起粒界破壊におけるき裂伝播はミクロレベルで不連続・断続的であることを発見した。つまり、き裂伝播における不連続性を増加させるようにミクロ組織設計を行えば、安定き裂伝播が起こり、不安定破壊を回避できるはずだ。これにより水素脆性特性が向上すると考えている。
鉄鋼材料研究はある程度成熟しており、他分野に比べると派手さはないかもしれないが、社会基盤の先進化に貢献するため今後も本研究にまい進していきたい。
(文=物質・材料研究機構(NIMS)構造材料研究拠点 鉄鋼材料グループ グループリーダー 柴田曉伸)
2007年京都大学大学院博士後期課程修了、博士(工学)。同年東京工業大学助教、10年京大助教、14年准教授、17年仏パリ国立高等鉱業校客員研究員。20年より現職。