昭和電工とJSRは売却加速、大変革の化学業界で進む「しがみつかない経営」
国内化学業界で大型の事業売却を伴う事業ポートフォリオ変革が動き出した。口火を切ったのは昭和電工で、今年に入って6件の事業・株式の売却を公表した。JSRは祖業であるエラストマー事業売却を決めた。従来の事業再編は既存事業を残したまま、新事業育成や買収で成長領域を拡大するものだった。多様な産業で同時に変革が進む今、全てに投資すると中途半端になりかねない。集中と選択が問われる。(梶原洵子)
昭和電工 日立化成買収の効果発揮へ/半導体・車・医療に照準
昭和電工は1月以降、傘下の昭和電工マテリアルズを含めて6件の事業や株式の売却方針を相次いで打ち出した。2020年に9600億円を投じて日立化成(現昭和電工マテリアルズ)を買収したことで、財務状態が悪化。20年12月に事業価値として2000億円の事業売却を含む短中期のシナジー創出策を公表しており、これが進展した格好だ。
鉛蓄電池事業の売却対象範囲の売上高は非公表だが、日立化成上場時の公表資料などから1000億円規模と推察される。アルミ缶・電子部品用アルミ箔事業は約550億円と公表。
プリント配線板も一定の規模があり、売上高を積み上げると2000億円近くに達し、事業売却は一区切りつきそうだ。
日立化成買収の効果を発揮するには、これからが重要だ。昭和電工は半導体材料や自動車部材、再生医療を成長事業と定め、30年の同事業売上高を20年比で約2・6倍の6000億円と大幅な引き上げを目指す。森川宏平社長は20年12月時点で「10年間で売上高の伸長に相当する4000億円程度の投資が必要になる」と話しており、積極投資を行っていく。
すでに台湾と韓国で半導体ウエハー用研磨材(CMPスラリー)などの増産に約200億円の投資を決定。半導体材料用高純度ガスも23年までに、複数件の設備投資を実施する方針だ。
昭和電工は同事業群を成長ドライバーとし、25年度に売上高を1兆6000億円(20年度9737億円)、30年度に1兆8000億―9000億円へ拡大し、世界で存在感のある企業を目指す。
JSR 祖業エラストマー売却/汎用素材、アジア勢に苦戦
JSRによる自動車タイヤ用合成ゴムなどエラストマー事業のENEOSへの売却は、化学業界に大きな衝撃を与えた。同事業の売上高は20年度1431億円で、全社売上高の約3割を占める主要事業であり祖業だ。また、日本の石油化学産業ではコンビナート内で各社が原料を運ぶパイプラインで繋がり、運命共同体のような状態。さらに1拠点内で複数の事業の製品を生産している場合も多く、売却はデリケートだった。
JSRのエリック・ジョンソン最高経営責任者(CEO)は、「(事業売却先が)日本の規制や安全要件などを知っており、信頼関係を築き、密接に連携できることが重要だった」と4月の会見で語った。同社の四日市工場(三重県四日市市)はエラストマー以外の製品も製造しており、22年4月をめどとする同事業売却後はENEOSとの共有拠点となる。
売却額は1150億円程度をベースに今後調整する。「短期的な利益のために決めたのではない。同事業が長期的に成長するための決断だった」(ジョンソンCEO)という。
一方、ENEOSは電気自動車(EV)シフトによるガソリン需要減退を補う事業の拡大を図っており、今回の買収は「いろいろな事の一つのピースとして強化する」(河西隆英ENEOS常務執行役員)方針だ。同社はもともと素材事業を行っており、なじみも深い。
また、河西常務執行役員は「化学業界は事業ポートフォリオ改革を進めるべきだ」とも指摘。以前から汎用的な素材では中国やアジア勢の生産能力拡大が進み、日本メーカーの競争力は相対的に弱くなっていた。環境対応を含め必要な投資を続け、供給責任を果たすためにも“日本連合”を組むのは一つの解だろう。
“脱総合化学” 特定領域での飛躍に「集中と選択」必要
これまで国内の化学業界は、事業売却を含む事業入れ替えにあまり積極的ではなかった。多くの企業は既存事業を継続しつつ、新事業育成やM&A(合併・買収)で成長領域を広げ、結果として事業ポートフォリオを変えてきた。大胆な変革を成し遂げてきた企業の代表格が、旭化成や富士フイルムホールディングス(HD)だ。
成長領域の拡充を続けた結果、幅広い事業を抱える現在の“総合化学企業”となり、それは必ずしも悪いことではない。例えば、自動車部材や電子材料の販売が減少しても、食や医療関連でカバーでき景気変動に強い。保有する技術の幅が広いため、顧客の要望にも細かく対応できるなどメリットも多い。
ただ、自動車やIT、医療などの多様な顧客産業で同時に変革が進む中、特定領域で飛躍を図るには従来以上の集中と選択が必要となる。昭和電工が日立化成を買収しつつ、一部事業の売却を進めるのもこのためだ。一方のJSRは半導体材料などのエレクトロニクス関連やライフサイエンスを一層強化する。
規模の差はあれ、こうした動きが国内化学業界で増える可能性は高い。特に石油化学は国際競争力や原燃料転換などの課題から対象となりやすそうだ。
変化恐れず 三菱ケミHD社長「低炭素は好機」
事業ポートフォリオ変革で今後、最も注目されるのは三菱ケミカルHDだ。4月1日付で就任したジョンマーク・ギルソン社長の重要なミッションであり、過去のしがらみにとらわれない経営判断による収益向上が期待されている。
6月24日に開催した株主総会で、ギルソン社長は株主に対し、30もの市場や製品セグメントに分かれる自社グループについて、収益面で事業を選別する方針を説明。「あらゆる化学企業が直面する最大の課題であり機会である低炭素経済を念頭に、12月までに新戦略を公表する」とした。
ギルソン社長は以前に「日本は今の変化とチャンスを受け入れるべきだ。将来のない事業にしがみつくのはよくない」とも語っていた。市場が変われば、なくなる事業もあり、新しく生まれる事業もあるのは当然のこと。日本企業は技術蓄積などの強みをテコに、次の一歩を踏み出す時に来ている。
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