“知の巨人”立花隆さんが語っていた日本を浮上させる科学技術のあり方

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立花隆さん

多くの調査報道や作品を発表し、「知の巨人」と称されたジャーナリストで評論家の立花隆(たちばな・たかし、本名・橘隆志=たちばな・たかし)さんが亡くなった。立花さんの執筆分野は幅広く、日本人科学者がノーベル物理学賞を受賞した素粒子ニュートリノ研究など、最先端科学技術の取材にも力を入れ、サイエンスライターとしても知られていた。日刊工業新聞社は2013年1月に日本を浮上させる科学技術のあり方についてインタビューしている。その模様を再掲する。

インタビュー/ジャーナリスト・ノンフィクション作家の立花隆氏

出典:日刊工業新聞2013年1月28日

第2次安倍晋三内閣は成長戦略の柱にイノベーションを据えると表明。科学技術政策の企画立案や調整を行う総合科学技術会議の権限強化や、先端技術研究への投資を強化する方針を打ち出している。科学の分野にも精通したジャーナリスト・ノンフィクション作家の立花隆氏に日本を浮上させる科学技術のあり方について聞いた。(聞き手・政年佐貴恵)

―2012年は山中伸弥京都大学教授のノーベル賞が決まるという明るい話題がありました。がん闘病の様子をドキュメンタリーにするなど、病と付き合いながら過ごしてきた立場として、この成果をどう見ますか。

「ずいぶん前から薬で肉体トラブルを癒やしながら生活するという世界ができてきたが、これからもこのやり方は続くだろう。創薬・薬分野は将来も有望だ。万能細胞(iPS細胞)は再生医療に役立つと取り上げられることが多いが、何に一番利益を与えるかと言うと、創薬の分野だ」

「創薬にはいわゆる生体実験が欠かせない。(iPS細胞で臓器などを作れるようになれば)従来は人体で行っていた試験を細胞でできる。これまでにない発見だ。患者の細胞から作ったiPS細胞を使えば、開発の仕方はより合理的になる。試験投与の現場では実際に使われつつある。iPS細胞を具体的にどう利用するか、すでに始まっている」

―山中教授はマネジメントが優れていたという評価も高いですね。

「オーガナイザーとしての彼の功績は、山中因子の発見者としてのそれよりも大きい。全体を俯瞰(ふかん)する力があり、問題点は何かを見極め、早いうちから必要な所にアプローチしていた。官庁も支援したが、日本全体でiPS細胞を活用する下地を作った」

「特定の遺伝子を導入するとiPS細胞になることは証明したが、原理はまだ分かっていない。原理の解明はこれからだというのは本人がきちんと分かっている。何度か会ったことがあるが、謙虚でなかなかの人という印象だ」

―産業の芽の先端技術が実を付けるようになるには、何が必要なのでしょうか。

「企業は数十年、最低でも20―30年のスパンで、その技術にどんな意味があるのか、将来はどうなっていくのかを見据えて投資しなければいけない。日本には短期の指標を重視する米国の株主とは違い、長い目で見る土壌もある」

「日本は1995年に科学技術創造立国をうたい、その後、財政が傾き始めても科学技術予算は聖域として残していた歴史がある。その20年の成果が出ているのが今だ。しかし民主党政権からこの仕組みがおかしくなった。『悪いのは官僚』と攻撃していたが、官僚は社員のようなもの。それを否定して成り立つわけがない。あの3年3カ月で本当に日本は後退してしまった」

―昨年12月に政権交代がありました。

「安倍首相は失敗を学んできており、手堅いのでは。科学技術予算にも力を入れると言っているし、当座は悪くない格好が続くだろう」

―「アベノミクス」という造語もでき、期待は高まっているようです。

「いずれにしても経済は常に回っていないといけないが、ネガティブな方向で回そうとしても無理。経済そのものが社会を回す人の心による所が大きい。アベノミクスは日本人の日本に対するマインドが変わったからではないか」

―「景気は気から」ということですね。

「その通り」

―11年3月11日に発生した東日本大震災で人々の科学技術不信が起きていると言われますが、どう解決していくべきでしょうか。

「東京電力福島第一原子力発電所の事故に対する今の日本人の反応は異常だ。4種類の調査報告書が出たが、どれを読んでも原発技術そのものが悪いとは言っていない。人災かシステム災かで言えば、ほとんど全て人災だ。あの事故を見て世界中で(原発の稼働を)やめたかと言えば、やめていない。一つの問題は放射性廃棄物だが、中性子を当てて物質そのものを変えてしまうなど、廃棄物を減らす研究は世界中で行われている」

「放射性廃棄物を燃料とする『第4世代原子炉』が実現すれば、原発の問題の半分以上を解決できる。小型化できるため、どの家庭にも置けるプロパンガスのように、東京でもどこでも置ける。過去には構想されたこともあったが、どこかで電力会社が効率を求めて巨大化の方向へ進んでしまった。もともと原子力のポテンシャル(潜在力)は大きいのに、巨大化したことが失敗の原因の一つだ。今は未来を含めた技術ポテンシャルを見ない議論ばかりが横行している」

―科学技術が「神の領域」を侵すことはあるのでしょうか。

「技術開発の歴史は失敗の歴史といっても過言ではない。神の領域などという言葉を使う限りは、その国の科学技術レベルは低いと言っても良い」

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COMMENT

政年佐貴惠
名古屋支社編集部
記者

医療から原発、はたまた哲学、精神世界まで知識の海を縦横無尽に泳ぎながら蕩々とお話される姿と、置いてきぼりをくらわないようにこちらは頭を必死にフル回転させていたことを思い出す。特にインタビューの最後にもある質問にバッサリ回答されたことが印象深い。ようやく一人前になれそうなくらいの経験の浅い記者からのつたない質問にも、優しく、厳しくお答えいただいたが、一貫していたのは事実やデータに基づく客観的な視点だった。その尽きることない好奇心とあくなき探究心に接した経験は、今後も自らの糧となるだろう。

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