悪者が善人だった?JAXAが原子状酸素を地上生成し抗菌性を確認
高分子材に照射
宇宙空間に存在する「悪者」は、地上で細菌の増殖を抑えてくれる「善人」だった―。宇宙航空研究開発機構(JAXA)とクレハは、宇宙空間に存在する原子状酸素(AO)を地上で作り出し、高分子材料(プラスチック)に対して照射すると、抗菌性が発現することを発見した。
AOは、太陽からの紫外線によって酸素(O2)が分解してできる原子状の酸素で、地球に近い宇宙空間(地球低軌道と呼ばれる)に存在している。人工衛星や国際宇宙ステーション(ISS)などの宇宙機は、地球低軌道を秒速8キロメートルもの高速で飛行しているため、AOともこの速度で衝突する。
宇宙機に熱制御材などとして使用される高分子材料はAOとの高速衝突により浸食され、その機能が低下してしまう。したがってAOは、宇宙機を構成する高分子材料にとって「悪者」と見なされていた。
突起を形成
JAXAでは、宇宙機用材料のAOに対する耐久性を評価するため、地上でAOを生成する装置を開発し、20年以上にわたって運用してきた。この装置を使った研究などで、AOは高分子材料の表面を浸食しながら、ナノ(ナノは10億分の1)からマイクロ(マイクロは100万分の1)スケールの小さな突起構造を形成させることが分かっていた。
2016年、転機が訪れる。JAXAとクレハのビジネスマッチングの機会で、「AO照射した高分子材料表面が抗菌性を持つのでは」というアイデアが出てきたのだ。セミやトンボの羽表面の微細な突起構造が抗菌性を持つ、という豪州の研究チームの報告があることを知り、「AOであれば、似たような構造をさまざまな高分子材料表面に作れる」と着想したのである。
実際に日本産業規格(JIS)に準ずる手法で抗菌性を調べたところ、AO照射した高分子材料表面で黄色ブドウ球菌や大腸菌の増殖が抑制されることを確認した。照射表面の微細構造に注目することで、AOの「善人」としての一面を知ることができた、と言える。
応用展開へ
今回見いだした抗菌性は、高分子成型品に対して後から処理するだけで発現するため、さまざまな産業分野での応用展開が期待される。例えば、地上では医療・ヘルスケア、食品、消費財など、宇宙では月・火星を対象とした有人長期ミッションなどで適用できるかもしれない。現在、なぜAO照射により抗菌性が発現するのかについて、研究を進めている。抗菌メカニズムを明らかにし、「善人」としてのAOを育てていきたい。
研究開発部門 第一研究ユニット 研究開発員 後藤亜希
三重県鈴鹿市出身。15年入社。宇宙機用材料の耐宇宙環境性にかかわる研究開発に従事。近年はAOと高分子材料の相互作用について主に研究を行う。専門は化学(特に高分子科学)。