ソニー半導体事業“強さ”の秘密。受け継がれる「創業の精神」
ソニーの看板技術、“稼ぎ頭”となった「半導体」
2021年3月28日、東京・二子玉川ライズのイベントスペース。ソニーは、開発中の自動運転EV(電気自動車)「VISION-S」の試作車両を、国内で初めて一般公開した。
雨模様の中、「VISION-S」と、こちらも国内初公開のドローン「Airpeak」、そして2体のペットロボット「aibo」の周りには、幼児連れの母親から一眼レフを携えた中高年男性まで、さまざまな人々が足を留めていた。こうした関心の高さから、「ソニーはダメになった」と言われた約20年前が嘘のように感じる。
2020年度のソニーの業績は、過去最高益が予想されている。「ゲーム&ネットワークサービス」部門が3400億円を稼ぐ一方、エレクトロニクスや半導体の部門も堅い。
半導体では、2019年度に初めて売上高1兆円を超えた「イメージング&センシング・ソリューション」部門が、2020年度も引き続き1兆円を超える見通し。営業利益は1360億円と予想され、紛れもなく「稼ぎ頭」の一つである。
だが、かつて同社の半導体事業は、巨額投資がかさんで「金食い虫」と揶揄されていた。2005年には品質問題によって赤字となったりもした。組織の体質が古いことも知られ、本社からは「問題事業部」と目を付けられていた。しばしば“売却候補”に挙げられる、お荷物事業だったのだ。
それがなぜ、一転して「稼ぎ頭」にまでなったのか。その「逆転劇」の真相を明かすのが『ソニー半導体の奇跡』(東洋経済新報社)である。
この本の著者である斎藤端さんは、1976年にソニー入社。総合企画室、経営戦略部門などを経て、半導体事業グループ副本部長、本部長、執行役員EVP・CSOなどを歴任し、2015年に退任している。つまり本書は、ソニーの半導体事業を内側から描くノンフィクションなのだ。
夢破れた悔しさをバネに「CMOSで世界一になる」を目標に掲げる
業界でソニー半導体の代名詞とされているのが「CMOSイメージセンサー」である。スマートフォンのカメラ用として世界で約5割のシェアを持つほか、「VISION-S」にも、自動運転を実現するための車載カメラとして搭載されている。
イメージセンサーとは、光を感知して電気信号に変換する半導体センサーだ。もともとソニーはCCD(電荷結合素子)をイメージセンサー用に研究開発し、世界で初めてビデオカメラ撮像素子として製品化。民生用の動画撮影用カメラで9割超の圧倒的シェアを誇っていた。
ところが、CMOS(相補性金属酸化膜半導体)のほうが、CCDよりも高精細かつ高速に撮影できる。そのため将来的には、CMOSがハイビジョン放送や4K放送時代の主流となると見られていた。
そこでソニーは、CCDからCMOS開発へのシフトを決断する。それは自らが築いたCCD市場を破壊する、思い切った方向転換だった。
とはいえ、ソニーのCMOSは、なかなか「稼ぎ頭」には育たない。そのため半導体は、相変わらずのお荷物事業だとして、2006年に当時のハワード・ストリンガーCEOの指令で、「売却候補」に挙げられてしまう。
幸か不幸か、事業の売却先は見つからなかった。ただしソニーは、半導体を生産する長崎工場を東芝に売却。さらに、IBMと東芝との3社で進めていたLSI(大規模集積回路)の先端プロセスの開発からも撤退した。
3社プロジェクトで世界最先端のプロセス開発に携わることを誇りにしていたエンジニアたちは「夢破れた」わけだ。だが彼らは、その悔しさをバネに心機一転、CMOSイメージセンサーの開発に取り組むことで「CMOSで世界一になる」という新たな目標に向かう。
こうした優秀なエンジニアたちの敗者復活パワーが、CMOSイメージセンサー成功の一因となったと斎藤端さんは見ている。
「反対しても潰さない」チャレンジ重視のソニーの伝統
エンジニアたちが「CMOSで世界一になる」ための手段として白羽の矢を立てたのが、「裏面照射型」のCMOSイメージセンサーの開発だ。この「裏面照射型」とは何だろうか。
CCDに比べて配線層が複雑なCMOSイメージセンサーは、表面から光を当てると暗くなるという欠点がある。その欠点を補うために裏側から光を入れるというのが「裏面照射型」の発想だ。だが、開発は困難で、ハッブル宇宙望遠鏡のセンサーなど特殊用途でしか実現していなかった。
それでも現場からは「開発させてほしい」という熱意のこもった声が上がり、「1年だけ」という条件付き、わずか10人弱のチーム、しかもイメージセンサー経験者はたった1人という、お世辞にも恵まれているとはいえない状況で開発プロジェクトが始動した。
だが、社内には開発に足る十分な設備が乏しかった。半導体は完全自動で生産されるが、開発段階の彼らは手作業で貼り合わせたり、削ったりして試行錯誤を繰り返した。その様子に周囲からは「あいつらは、何をしているのか」と白い目が向けられた。
幾多の苦難を乗り越え、彼らは見事に裏面照射型CMOSイメージセンターの開発に成功する。
そこまでこぎつけられた背景に、理解ある責任者の存在があったのは間違いないだろう。開発が停滞し、なかなか前が見えない状況にあっても、責任者は開発予算を引っ込めなかった。
また斎藤端さんは、困難なチャレンジも「反対はしても潰さない」という、ソニーの伝統の存在を指摘する。ソニーの設立趣意書には「技術上の困難は寧ろ之を歓迎」との言葉がある。これは盛田昭夫・井深大から代々受け継がれる「創業の精神」に他ならない。実際、これまでも10人程度の開発チャレンジは組織として黙認されるケースが多く、見込みのある開発を上司に内緒で行うことも、珍しくなかったようだ。
『ソニー半導体の奇跡』の面白さは、開発ストーリーもさることながら、盛田・井深はもちろん、岩間和夫、大賀典雄、さらに出井伸之氏、ハワード・ストリンガー氏、平井一夫氏とソニーの歴代トップが次々と登場し、彼らの経営判断や人柄が語られるところにもある。プレステ生みの親として知られる久夛良木健元副社長や、剛腕で知られた中川裕元副社長らも登場、テレビドラマさながらの逆転劇を盛り上げる。
また、直近のソニーについては、モノを売って終わりではなく、関連したサービスや周辺機器で継続的に利益をあげるリカーリング型ビジネスへの転換に関心が集まっている。映画や音楽事業も注目される。だが、この本からは、いまなお受け継がれる「技術のソニー」の矜持が感じられる。
そういえば2019年、ソニーは自らのアイデンティティを「テクノロジーに裏打ちされたクリエイティブエンターテインメントカンパニー」と定義した。華あるエンタメの事業が注目されるなか、「テクノロジーに裏打ちされた」の意味を、あらためて考えずにはいられない。
(文=情報工場「SERENDIP」編集部)
『ソニー半導体の奇跡』
-お荷物集団の逆転劇
斎藤 端 著
東洋経済新報社
248p 1,600円(税別)