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待望のMRJ初飛行 その実力は?

待望のMRJ初飛行 その実力は?

11日9時35分に離陸したMRJ

 国産小型旅客機「MRJ」が、構想から10年を経て大空に羽ばたいた。三菱航空機(愛知県豊山町)が2008年に事業化を始めてから7年。当初予定より4年遅れの初飛行で、競合との受注競争は厳しさを増している。それでもMRJは先進技術や高い設計能力、日本のモノづくり力を生かし、優れた燃費性能と高い完成度を実現した。日本の航空機産業待望の国産旅客機MRJとはどんな航空機か、改めて検証する。

◆細部に精緻な技術

 MRJは開発当初から高い燃費性能を売りにしている。その切り札が、航空エンジン世界大手の米プラット・アンド・ホイットニー(P&W)が供給する最新鋭エンジン「PW1200G」だ。
 同じ軸で回るタービンとファンの間に遊星ギアを入れる「ギアド・ターボファン(GTF)」方式を採用。軸の回転を減速してファン側に伝え、タービンとファンのそれぞれが最も効率的なスピードで回るようにした。これにより従来機と較べ騒音を約5割、燃費を約2割に軽減する。
 MRJは旅客機としては世界で初めて08年にGTFの採用を決定。その後、カナダ・ボンバルディアや欧エアバスの航空機が採用したほか、MRJと競合するブラジル・エンブラエルも既存機のエンジンをGTFに置き換えることを決めた。

シャープで美しく

 MRJの初飛行の遅れによって、新エンジンによる燃費性能の優位性は薄れた。それでも技術トップの岸信夫三菱航空機副社長は、「MRJの燃費の良さの半分はエンジン、もう半分は機体の形状によってもたらされる」と自信をみせる。

 GTFは現行のエンジンよりも空気を取り入れるファンの直径が大きい。このため主翼の下に広いスペースが必要だ。MRJは主翼とエンジン、ナセル(エンジンを覆うカバー)の最適な位置関係を探りつつエンジンを主翼の真下ではなく、機体前方寄りに配置した。ほかにも、機体前方下部の貨物室を機体後部に統合し、他の航空機より細く空気抵抗の少ない胴体を実現。「シャープで美しい」(関係者)機体に仕上がった。
 三菱重工業は戦闘機の開発で培った高い機体設計ノウハウを持つ。機体設計の点で三菱航空機はエンブラエルの機体よりも優位性があると見ており、岸副社長は「空気力学的に(エンブラエルよりも)数%は(燃費)性能が優れているはずだ」と語る。

 さらに1年前の完成披露(ロールアウト)時に航空業界関係者を驚かせたのは、機体の細部に至る精緻なモノづくりの技術。初号機にもかかわらず、機体の各部位が精密に接合されリベット(鋲)の突き出しなどがほとんど見られなかった。量産前から徹底的に作り込む日本のモノづくりの良さが現れた格好だ。

◆部品7割海外製

 一方で、装備品は実績のある海外製を多く搭載している。「航空機の頭脳」とも言われる操縦用電子機器(アビオニクス)をはじめ、空調や油圧機器から内装品に至るまで、コストベースで部品の約7割が海外製だ。

 こうした海外メーカーは米ボーイングや欧エアバスをはじめ世界の航空機メーカーにも同様の部品を供給、民間機向け装備品市場は寡占化の傾向すらある。日本にはこれらの装備品産業が十分に育っておらず、今後、日本の航空機産業が参入分野を増やしていく上での壁になっている。

◆「一騎打ち」の様相

 MRJが参入するリージョナルジェットの世界市場は現在、エンブラエルとカナダのボンバルディアの“2強”が席巻する。これに日本、中国、ロシアの新規参入メーカーがひしめく構図だ。日本航空機開発協会(JADC)によれば座席数60―99席クラスのジェット旅客機は34年までの20年間に約3300機の需要があるという。

 ただ、MRJのライバルのうち、ボンバルディアはリージョナルジェットより大きい100席以上の機体開発にシフト。中国、ロシアの航空機は販売地域が限られる。MRJの登場で、今後20年の世界のリージョナル市場は、実質的に三菱航空機とエンブラエルの一騎打ちとなりそうだ。

 経験豊富なエンブラエルもMRJと同型のエンジンを搭載する新型機「E2」シリーズを18年に市場投入する計画。受注競争は今後も激しさを増すと予想される。

 対する三菱航空機は型式証明の取得作業が初めてとあって、今後も予断を許さない。原則として24時間対応が求められる交換部品の納入体制などカスタマーサポート(CS)の整備もこれからだ。三菱航空機は現在100人ほどのCS要員を、17年をめどに400人まで増やすなど対応を急ぐ。

◆中国も台頭

 さらに長期的にみれば、中国の航空機産業も台頭すると予測される。中国政府は巨大な国内市場を背景に国産航空機メーカーを育成しており、欧エアバス機の最終組立工場も誘致した。米ボーイングも中国向け小型機の内装品取り付け工場を設ける方針。中国に技術移転される可能性は高く、将来は中国メーカーも手ごわいライバルとなるかもしれない。
日刊工業新聞2015年11月12日最終面「深層断面」に加筆
日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
「拝啓 三菱航空機の皆様方」  航空機が飛ぶ、ということはこんなにも胸を揺さぶるものなのか――。4年以上にわたり記者としてMRJを追いかけてきました。スケジュールの延期に見舞われるたび、三菱関係者は硬い表情で「開発は順調。これ以上の遅れはない」と繰り返してきました。ようやく、その思いが報われたかと思うと、私もうれしくてつい胸が熱くなりました。  今後も課題を挙げればきりがなく、そのことで「視界不良」という言葉を使った厳しい記事を書く機会もあるかもしれません。それでも11月11日、53年ぶりに国産旅客機が舞った日のことは、深く胸に刻んでいこうと思います。  関係者の皆さま、本当にお疲れ様でした。

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