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【音声UX】大事なのは“対等な関係性”、理想の「機械との対話」とは?

<情報工場 「読学」のススメ#89>
【音声UX】大事なのは“対等な関係性”、理想の「機械との対話」とは?

「人にお願いする」感覚を抱かせる音声ユーザーインターフェース

週末、キッチンで食事のしたくをする間、iPhoneに、Kindleを読み上げてもらって聞いている。

1.5倍速で延々と本を読み上げる女性音声に対し、6歳の息子は「この人、疲れないの?」と心配そうだ。彼は、特撮ヒーロー番組に登場するロボットだけでなく、iPhoneの中にいる「声」だけの存在も、「人」であると感じている。

読み上げ機能だけでも十分「人間らしい」ということなのだが、言葉を交わす「対話」ができれば、もっと人間らしく感じられるはずだ。

実際、VUI(Voice User Interface:音声で操作するインターフェース)で、声を使ってデバイスを動作させるのと、スマートフォンを指先で操作するのでは、前者のほうが機械を「人」であるかのように感じやすいという。「操る」というより、「お願いしてやってもらう」という感覚に近くなるのだ。

デバイスと人間のスムーズな「対話」をめざす、音声によるUX(ユーザー体験)最適化を実現するための注意点や具体的方法をエッセーのかたちでまとめているのが、『音声UX ~ことばをデザインするための111の法則』(技術評論社)だ。

この本は、「音声、会話とはそもそも何であるのか?」という問いに始まり、「音声/会話サービスにおけるキャラクターの設定の考え方」「対話の設計、会話のデザインの仕方、台本の書き方」、さらには「試作、テストの考え方」など、音声UXのあり方が深く理解できる内容になっている。

著者の安藤幸央さんはUXデザイナー。Google Development Expert を務めるVUI、音声サービスのUXの専門家だ。

「一覧性」がないスマートスピーカーの操作

タッチパネルとスマートスピーカーの操作を比べた場合、決定的な違いは視認性、つまり「一覧性」だ。画面があれば、アプリなどの選択肢を一度に目で確認できるが、音声では一度に一つしか提示されない。この違いに注目すると、音声UX最適化に向けて気をつけるべきことが、いくつか見えてくる。

たとえば「最初にできることを言葉で紹介しておく」「ちょっとした時間に新しい機能や普段使わない機能を紹介する」。「これやってみない? とユーザーの好みそうな内容を推奨する」手もあるという。

こうした説明の際に、「意味の伝わりやすい文章」で話すことも大事だ。そのためには「主語と述語が近い位置にあり、関係性を把握しやすい」文を話すようにする。また、「修飾語と修飾される語を離さない」「一つの文章を短くする」なども留意すべきだ。

また、VUIには、表情やジェスチャー、周囲の視覚情報が伝わらないため、誤解のないよう気をつけながら言葉にする必要がある。たとえば人間同士の対話では、「この部屋、寒いね」と言った場合、単に「寒い」ことに同意を求めているのではなく、「暖房をつけて」という意味が込められているかもしれない。こうした言外の意図を読み取って対応することは難しいが、洞察や予測といった要素について考えることで、より良いサービスになるという。

VUIに対してリスペクトや「感謝の気持ち」を持てるか

VUIは、これからどこまで進化するのだろうか。想像するしかないが、SF(サイエンスフィクション)にヒントが見つかるかもしれない。

『音声UX ~ことばをデザインするための111の法則』で著者の安藤さんは、「ナイトライダー」(1982)や「her/世界でひとつの彼女」(2013)といったいくつかのSF映画をとりあげて解説を加えている。

そして、これらの作品に登場する「話をする機械」が、「ときには励ましたり、冗談を言ったりする」ことなどを挙げ、VUI開発のヒントを見出している。

そういえば、ノーベル文学賞作家であるカズオイシグロの最新作『クララとお日さま』の主人公兼語り手は、「人工親友」のAI搭載型ロボット、クララである。

SFのような作風の本作は、クララと、クララを選んだ少女ジョジーの関係を通じて、人間の本質に迫るストーリー。ジョジーはクララに友人として接するが、ジョジーの友人たちの中には、クララを放り投げて運動機能を試そうとしたり、記憶力を試す質問をしたりする子どももいる。そんな子たちからの指示を、クララが故意に無視するシーンもある。

実際のVUI設計で、応えられない指示をユーザーがしてきた時には、どう対応させればいいのだろうか。

「よくわかりませんでした」と応えれば、ユーザーはイラっとしかねない。安藤さんは、「何のお手伝いをしましょうか」など、前向きな発言があると良いと指摘。そのうえで、ユーザー側の指示が不適切であっても頭ごなしに否定せず、いったん受け入れて会話をつなげることが大事と説く。

さらに、VUIが卑下する必要はないと強調している。あくまで、ユーザーと「対等」の立場での対話を心がけるべきなのだという。

そうなると、ユーザー側がとるべき態度も気になるところだ。命令口調で指図しては「対等」ではない。ユーザーに対して献身的に尽くすのがVUIの本分であるにしても、対話の相手に対するリスペクトや感謝の気持ちを、ユーザーは持ってしかるべきだろう。

とすると、Kindleの読み上げ機能に対し「疲れないか」と心配する息子には、「機械だから心配ない」と言いながら、「感謝の気持ちを持つ」大切さを教えたほうがいいのかもしれない。

本当の親友のようになれるVUIやロボットの登場は、もう少し未来になるだろう。しかし、VUIはすでに、私たちの社会の一員として、溶け込みつつあるのは確かだ。より豊かな社会を実現するために、彼らとのつきあい方を今から考えておくことは、決してマイナスにはならないはずだ。

(文=情報工場「SERENDIP」編集部)
『音声UX ~ことばをデザインするための111の法則』
安藤 幸央 著
技術評論社
272p 2,680円(税別)
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冨岡 桂子
冨岡 桂子 Tomioka Keiko 情報工場
VUIの開発にあたっては「声質」も重要なポイントなのだそうだ。とくに男声と女声では、ユーザーの対応が違ってくる。優しい女性の声で応答されると自分が上の立場にあると感じ、ぞんざいな命令口調になる人もいるらしい。これは、ユーザーの性格や価値観の問題もありそうだが、女性とも男性とも区別がつかない中性的な声を、機械学習によって生成する研究も進んでいるという。VUIは、「人間に近い」というよりも、独自の個性を持った存在として、社会に溶け込んでいくのかもしれない。

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