10年前に押し寄せた“黒い津波”、凄まじい破壊力が生じた理由とは
10年前の3月11日。“黒い津波”が岩手、宮城、福島の東北3県を中心に、東日本の沿岸部を広く襲った。街に押し寄せ、人々の暮らしを次々と飲み込んでいった。巨大なエネルギーを持った黒い津波は構造物をいともたやすく破壊した。多くの人々が「溺死」と診断された。さまざまな研究者による研究や医師の証言などから、黒い津波が構造物や人体に与える影響力が浮かび上がってきた。
砂・土混ざり破壊力増大
「沈殿物をかき混ぜてまた沈殿していく現象が小さい頃から好きでね。衝動に駆られてくみ取ったんだよ」。こう証言するのは、元宮城県商工会議所青年部連合会長で防災士の上田克郎氏だ。宮城県気仙沼市で被災した上田氏は幸いにも津波被災を免れた。東日本大震災の翌日、夜が明けて海沿いに向かう途中、上田氏は漁業用の青い大型コンテナに水が張っているのを見つけた。中をのぞくと真っ黒い泥が沈殿していた。その水をかき混ぜ、4リットルのペットボトルに入れて持ち帰り、長らく当時のままで保存していた。この一人の何げない興味・行動が後の研究に役立った。
「近年、日本を襲った大津波のうち、可視化できたのはおそらくこれが初めてで、それまでは津波の色に対してあまり認識がなかったのではないか」。津波工学が専門の中央大学理工学部の有川太郎教授はこう語る。
有川教授は上田氏が保存していたペットボトルの水を研究に用い、成分と密度を計測した。主成分は10マイクロメートル(マイクロは100万分の1)程度の土粒子で、海水と思われる水には油のような成分も混じっていた。密度は1リットル当たり約1130グラムで、水に比べ約10%重かった。
現在、大学内に整備した水理模型実験施設で、黒い津波を再現して実験を繰り返している。有川教授は「密度が大きくなると、多少粘性が増え、淡水の衝突時に比べ2倍以上の衝撃圧になることもある」とする。実験では水塊の水位の4・5倍以上の圧力が最下端部に作用することもあった。これは現行の建築指針で建てた住宅などが耐えられる1・5倍程度の衝撃圧という。
波圧や水面角度などその特性や傾向を蓄積中で、数値モデルの開発を含め2021年度中には実験を終える計画だ。
第1波、海底削り湾内に
これほどの力を持つ黒い津波。津波など災害に関する防災・減災について研究する、関西大学副学長で社会安全学部の高橋智幸教授は「第1波が湾の狭い部分を通る時に津波が海底部分を大きく浸食した結果、より大きなエネルギーが湾内に入り込んだ」と話す。
高橋教授らは宮城県にある気仙沼湾の海底データを参考に津波がどう発生したかを16年にシミュレーションした。それによれば、湾全体で推計100万トン分の海底が削り取られ、堆積していた砂粒は巻き上げられた。浮遊砂を含んだ黒い津波が湾内の奥へと1秒間に4万4000立方メートルの質量で押し寄せた。
犠牲者の死因―やや内陸避難も溺死
これほどの津波に襲われた時、人々の生死は何によって分かれるのか。こうしたテーマに取り組んでいるのが東北大学災害科学国際研究所で津波工学を研究する門廻(せと)充侍助教らの研究グループだ。
研究グループは陸上で発見された遺体の沿岸部と内陸部における死因の差に注目。死亡者の死因や性別、年代、遺体発見場所などが記載されたデータを用いて、18年度から研究を始めた。データは宮城県警が17年に提供した震災犠牲者9527人分の情報が記載されている。国などが公表する犠牲者の住所に基づく集計ではなく、遺体発見場所に基づき再集計し、分析を進めている。
20年度は郵便番号単位で分析した。石巻市平野部における溺死者と津波外力との関係分析では、やや内陸に位置する住宅地において、浸水深に対する溺死者率が高い傾向にあることを明らかにした。門廻助教は「沿岸部の工業地帯・港町で津波で亡くなり、やや内陸に漂着した場合と、やや内陸に避難したがそこで津波で亡くなった可能性がある」と考察した。共同で研究を進める同研究所所長の今村文彦教授は「今後は津波外力と人体の外的損傷への影響などを明らかにしていきたい」としている。