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【TPPインパクト】試される「産地の力」海外販路の開拓につながるか

 環太平洋連携協定(TPP)の大筋合意を受け、国内の日用品、工業製品の産地が海外市場開拓に弾みを付けそうだ。輸出相手国の関税撤廃による輸出増に一定の期待感を示す一方で、ブランド力の構築、浸透が課題。すでに安価な輸入品との競合、後継者育成などの課題にも直面しているだけに、TPPを一つの足がかりにできるのか、産地の力が試される。
 

南部鉄器、人気上々も後継者不足


 TPP大筋合意を受けて、水沢鋳物工業協同組合(岩手県奥州市)の及川勝比古理事長は「喜ばしいこと。拡販につながると期待している」と話す。中国や東アジア地域からの訪日外国人に人気が高く、フル生産が続いているためだ。ただ「購入者はおそらく中間層以上の富裕層。関税は5―6%台なので現状とあまり変わらないかもしれない」と冷静に受け止める。

 需要増が見込まれるなか、課題は後継者不足だ。同組合は後継者育成に特化した委員会を組織し、対策に頭をひねる。2012年度から取り組んだ後継者育成事業では職人として若手3人を採用した。うち1人は女性。繊細な表現で、男性社会の南部鉄器の世界に新たな風を吹き込んだ。

 「(数ある生産工程のなか)鋳造は男性がやらなければならない。後継者育成のため、女性が進出しやすいように分業化をするなど、条件の確保を進めている。門戸を開き、作者を増やしたい」と意気込む。
 

楽器は恩恵限定的も歓迎ムード


 「影響は軽微。しかし長期的には非常に重要」(大池真人ヤマハ取締役上席執行役員)。ヤマハと河合楽器製作所の楽器大手2社は、TPPを「基本的に歓迎」で一致する。

 楽器は北米で最大8・7%の関税が撤廃されるが、即時撤廃でも実際の発効は16年春以降となるため「価格に転嫁するか、損益改善につなげるかは今後、検討していきたい」(大池取締役)という。

 ヤマハが注目するのは関税よりむしろ、規制緩和だ。現在は、アジアなどで音楽教室が直接運営できない国がある。こうした障壁がなくなれれば、事業チャンスが広がり、新たなビジネスモデルも生まれる。

 河合楽器は「恩恵は未知数だが、北米向け輸出では競争力が高まり、収益力の改善につながる」(経営戦略室)と期待する。ただ、国内生産するピアノは高級製品が主であるのに対し、普及価格帯は海外で生産しているため、「関税撤廃による恩恵は限定的」(同)と見ている。(浜松編集委員・田中弥生)
 

中部の陶磁器、輸出の増加に期待


 TPP交渉の結果、陶磁器の関税撤廃が決まり、陶磁器の有力な産地である中部地域では輸出増への期待感が広がる。一方で陶磁器産業は市場縮小などで不振が続いており新規販路の開拓が急務だ。

 瀬戸市は陶磁器の総称にもなった「せともの」の産地。良質な陶土に恵まれ、愛知県内の「常滑焼」と並んで平安時代から続く「日本六古窯」の一つだ。マルワイ矢野製陶所(愛知県瀬戸市)の矢野仁代表社員は、TPP大筋合意を受け、「製品の輸出増だけでなく原材料の輸入価格への影響も注視したい」と話す。

 しかし陶磁器産業の現状は厳しい。市場縮小が続き、瀬戸市の窯業・土石関連製品の2012年出荷額は422億円と、07年に比べて約2割減った。常滑市も同様に、13年の窯業・土石関連出荷額は08年比2割減の321億円になっている。瀬戸市産業課の担当者は「TPP交渉の大筋合意を機に、数年前から実施する海外販路開拓支援などをさらに進めるしかない」と話す。

自転車は追い風にも逆風にも…


「TPPは追い風にも逆風にもならない」(堺市内の自転車完成品メーカー社長)。自転車の輸入関税が取り払われて久しい。国内で販売される一般車の90%はすでに中国製に置き換わったという。さらに今、輸出に目を向けてもオール日本製のブランド力は出しにくい。

 堺の自転車産業は今も完成車と部品を合わせ、国内製造出荷額の50%以上を担う。部品の生産は多くが海外に移り、完成車メーカーもほとんどが中国で半完成品を作って国内で組み上げているのが実情だ。

 ただ堺には自転車部品のトップメーカー、シマノがある。自転車の技術をいち早く他分野に広げた中小企業も健在だ。堺市は「自転車のまち堺」を合言葉に、自転車の利活用を促す施策を展開する。「身近な自転車をアピールして地場産業をもり立てたい」(堺市ものづくり支援課)。堺の完成車メーカーと卸業者でつくる団体も安全性や乗り心地を高めた独自仕様の「堺の自転車」ブランドを商標登録し、産地の再興に取り組んでいる。(南大阪支局長・森野学彦)
 

今治タオル「プレミアム感」重要に


 タオル製造会社113社が加盟する四国タオル工業組合(愛媛県今治市)のまとめによると、今治のタオル年間生産量は約1万1300トン(14年度)で、輸出比率は1%程度だという。TPP協定の合意を「業界にとっては歓迎すべきこと」(近藤聖司理事長=コンテックス社長)とする一方、現状の生産体制では大幅な増産は見込めないことから、大幅な輸出増を期待するよりも「今後の国内市場の減少を見据え、新たな市場開拓のきっかけになれば」(同)という。

 現在、米国のタオルなどの輸入関税は9・1%で、発効5年目に撤廃される。同組合によると関税撤廃後でも米国での売価は、国内の約2倍になる見込み。「タオルは、関税がなくなったからといって売れるものではない。いかに価格に見合ったプレミアム感を持たせるかが重要」(同)という。同組合は今治タオルのブランド構築に向け欧州、東南アジアで開かれた見本市に出展してきた。付加価値の高い商品の開発が市場開拓のカギとなりそうだ。
日刊工業新聞2015年11月03日「深層断面」
明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役ブランドコミュニケーション担当
現実的に産地製品を海外展開でスケールさせるのは難しいだろう。そもそも日本で産業が根付き、消費が回っていなければ海外どころではない。

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