同じ「ヤリス」でも日本製よりフランス製が環境に良い車?
脱炭素のうねりが産業界に変革を迫る。モノづくりの競争力に影響を与えかねず、業界の枠組みを超えた取り組みが求められる。
「カーボンニュートラルで考えるとフランスでつくっている車の方が(日本製より環境に)良い車になる」。日本自動車工業会(自工会)の豊田章男会長(トヨタ自動車社長)は日本で生産を続けることへの危機感を隠さない。2050年に温室効果ガスの排出量を実質ゼロにするには、車の使用時だけでなく製造から廃棄までライフサイクル全体で二酸化炭素(CO2)排出を下げる試みが欠かせない。欧州や中国では全体のCO2排出量を評価する規制の導入に向けた議論が進む。
トヨタが日本とフランスで生産する小型車「ヤリス」。全体のCO2排出量ベースでは火力発電が約8割の日本製と原子力発電が主力の仏製で評価が分かれ、輸出競争力にも影響を与える。豊田会長は車業界として「コロナ禍でも増やしてきた雇用が、下手をしたらどんどんゼロになってしまう」と吐露する。
政府は30年代半ばまでに乗用車の新車販売を全て電動車にする方針をまとめた。ただ自工会の試算では乗用車400万台を全て電気自動車(EV)にして使用した場合、夏の電力使用ピーク時に電力が足りず10―15%の発電能力の増強が必要。さらに年産50万台のEV工場が完成車充放電検査で消費する電力は一般家庭5000軒分に相当。こうした電源構成や急速なEV化などの課題について豊田会長は「国のエネルギー政策そのもの。ここで手を打たないとこの国ではモノづくりを残し、雇用を増やすという車業界のビジネスモデルが崩壊してしまう恐れがある」と訴える。
車の主要部材を担う鉄鋼業界でも懸念が広がる。日本鉄鋼連盟の橋本英二会長(日本製鉄社長)は「将来の電源構成や電気料金を予見できるようにしたい。国には原子力の有効活用をお願いしたい」と踏み込む。経団連の中西宏明会長も「原子力は人類の知恵だから活用しない手はない。マクロな視点から議論をしっかりやり直すべき」との認識を示す。
自工会は脱炭素化にかじを切った政府方針を「英断」と評価。全力で挑戦すると決めたが、業界だけでは解決できない課題も浮上する。豊田会長は「(電気を)つくる、運ぶ、使う、この3者が同じ戦略を持って進むべきでは」と話す。課題を乗り越え脱炭素時代の競争力を確保できるか。日本のモノづくりが問われている。