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JAXAが仕掛ける航空産業のイノベーション、異業種の力が源泉に

JAXAが仕掛ける航空産業のイノベーション、異業種の力が源泉に

電動化したエミッションフリーの航空機(イメージ=JAXA提供)

科学技術分野での多くのイノベーションが各業界に多くの変革をもたらしている。航空業界では航空機の電動化や炭素繊維強化プラスチック(CFRP)を利用した部材による機体の軽量化などが進む。こうした変化には従来の航空産業だけでなく異業種の力を必要としている。宇宙航空研究開発機構(JAXA)が進める大学や民間との連携により航空分野の新しいアイデアを実用化する動きが進んでいる。

競争力強化へ共同研究

JAXAは日本政策投資銀行と共同で、日本の航空産業の競争力強化につながる技術やアイデアを募集し共同で研究開発を行う事業「航空イノベーションチャレンジ」を実施している。2020年度の募集では18件を採択し、採択された大学や企業などは20年9月から半年間のフィジビリティースタディー(FS、事業化調査)を行っている。テーマの提案機関はJAXAとの研究開発や事業計画の具体化のため、試作機の開発や市場調査などを1件当たり100万円未満で実施。JAXAは研究開発の技術的助言を、政投銀は事業化に向けた助言を提案機関に行う。

提案機関は半年間の調査研究の結果や21年度以降の計画などを3月にJAXAに提出。JAXAと政投銀は18件の中から実現性や事業化の見込みなどを精査し、実現可能な2―3テーマを選ぶ。選ばれたテーマの提案機関はJAXAと共同で1件当たり年間1000万円、最長3年間の研究開発を行う予定だ。

またJAXAと政投銀は航空機や素材、通信などの企業を招き成果報告会を21年3―4月に実施する。共同研究に結びつかなかったテーマを企業とマッチングさせる機会を作り、成果を最大化する。

日本の技術、世界に示す

「研究開発において技術の社会実装が弱いと感じていた」。JAXA側の責任者である航空技術部門次世代航空イノベーションハブの跡部隆ハブマネージャーは同事業を始めた背景をこう語る。一方、政投銀は航空関連企業とのネットワークを構築していたが、航空技術の目利きを持っていなかった。そこでJAXAと政投銀は16年に航空機産業分野での連携に関する包括協定を締結。第2回となる18年度の同事業を共同実施することになった。

JAXAは提案機関のプロジェクトに若手を参画させるとともに「外部の人がどのようなことを必要としているのか」といった情報を収集。さらに企業や大学との人脈づくりにも役立てている。跡部ハブマネージャーは「双方向のコネを作りたい」と強調する。

一方、政投銀は有望なプロジェクトへの投融資や研究開発された技術を世の中に紹介することを目指している。政投銀の川崎大輔航空宇宙室長は「日本の技術が世界で使われるようにしたい」と技術力を示すことを強調。さらに「日本の航空業界全体が育てばビジネスの機会も広がる。リターンが生まれる環境をつくりたい」と長期視点で事業を見ていく必要性を説く。

SOFC軽量化、燃費改善

フィジビリティースタディーと3年間の共同研究開発を終え、現在実用化に向けた取り組みを進めるのは、中部大学工学部の橋本真一教授の研究グループだ。橋本教授らは航空機電動化の促進に向け固体酸化物形燃料電池(SOFC)の軽量化に取り組む。

橋本教授は16年度の第1回の航空イノベーションチャレンジに採択され、航空機の装備品である補助動力装置(APU)を手がけようしていた。だが「調べていくうちに要求される性能が厳しいことが分かってきた」(橋本教授)と開発を断念したことを振り返る。

同時期に日産自動車がバイオエタノールを利用しSOFCで発電した電気で走行できる燃料電池システム技術を発表。橋本教授はこの発表に影響を受けSOFCの軽量化に向けた研究開発を始めた。

設計した材料でのSOFCを電動航空機に載せた場合を想定し燃費を試算。乗員10人程度のイタリア・テクナム社の小型航空機「テクナムP2012トラベラー」の燃費効率を倍増させられるという結果を得た。

橋本教授は「SOFCの分野では家庭用燃料電池『エネファーム』が意識されている。乗り物にSOFCを使う試みはあまりない。燃料極の改良を進めたい」と今後の展望を語っている。

データ/電動・無人化の採択倍増

JAXAは航空イノベーションチャレンジを16年から3回実施し約60件を採択。第3回の採択案件18件の分野を大きく分けると、全テーマのおよそ半分を電動化・無人化が占めているという。これらのテーマ数は18年に採択した第2回の案件数に比べ倍増しており、航空業界の潮流を反映している。

「航空機電動化の世界的な流れは日本にとって大きなチャンスとなる。日本がデファクト(標準)を取ることができるのではないか」(川崎政投銀航空宇宙室長)と、自動車業界などの他業種で培われた技術を航空産業で生かせる可能性は大いにある。

政府が19年に閣議決定した成長戦略の具体的施策「成長戦略フォローアップ」では、飛行ロボット(ドローン)や空飛ぶクルマが空での次世代モビリティーシステムとして位置付けられている。

KEYWORD・航空機電動化

航空機を燃料ではなくバッテリーで動かすための技術を指す。航空機の燃費の向上や二酸化炭素(CO2)の排出削減効果が期待され、航空輸送での環境負荷の低減や次世代モビリティーの実現に必要となる。国内ではJAXAが電機産業などの関連産業を含む産学官連携の組織「航空機電動化コンソーシアム」を2018年に設立。CO2の排出削減につながるエミッションフリー航空機の実現と新規産業育成に向けた活動を進めている。

日刊工業新聞2021年1月4日

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