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「近視」改善・予防へ、進化するデバイスと治療法

近視人口が増えつつある今、新たなデバイスや治療法に期待がかかる。窪田製薬ホールディングスは着用するだけで近視の進行を抑制する眼鏡型のデバイスを開発中で、同様の効果をもつ点眼薬の研究も進む。レーシックやICLなど近視を改善する治療法も普及しつつあるがリスクがあり、中でも予防が重要になる。(取材=門脇花梨)

眼球の成長過程が重要

「遠くを見ている状態を人工的に作るところにノウハウがある」。窪田製薬ホールディングスの窪田良社長は、開発に取り組む「クボタメガネ」の仕組みを説明する。

主な近視の原因は、角膜から網膜の長さ「眼軸長」の伸長だといわれる。眼球の形が前後方向に長くなり、目の中に入った光線の焦点が合う位置が網膜より前になる。結果、遠くが見えにくくなる。

現在、確実な予防策は成長期に一定時間屋外で過ごすことだといわれる。眼科医でもある窪田社長は「眼球の成長過程で、遠くを見続ける時間があることが重要だ」と話す。

クボタメガネは網膜に特殊な映像を投映することで、目が遠くを見ている状態を作る。通常の眼鏡にAR(拡張現実)投影機能をつけたイメージだ。

脳が認知しない映像のため、映像自体は見えない。クボタメガネをかけていても日常生活に支障はなく、普通に生活するだけで近視発症の予防、もしくは進行抑制できるデバイスになるという。

卓上デバイスによる試験は実施済み。12人が使用して眼軸長を確認したところ、全員に短縮が認められたという。次の段階は同デバイスを眼鏡型にしたクボタメガネを使った試験。既に米国で開始している。確実な根拠を積み上げる。

窪田社長は「小さい頃に数年間クボタメガネを付けて過ごすだけで、近視にならない可能性がある。薬と違い体内に入るモノではないため、安全性も高い」と説明する。

一般的に眼球の成長は23歳頃止まると言われる。クボタメガネは20代前半までの使用を想定する。ただ、卓上デバイスによる試験では、32歳の被験者にも短縮がみられた。使用対象年齢が上がる可能性も示された。メカニズムの解析を進める。

今後、試験による微調整を完了し、20年内には試作品を完成させたいという。将来的にコンタクトレンズ型の開発も視野に入れる。

点眼薬、研究進む 進行を抑制する効果

眼球の成長が止まり形が定まってしまうと眼軸長を短縮することはできない。眼鏡やコンタクトレンズで光の屈折を弱め、ピントが合う位置を網膜上に合わせるしかない。子どもの頃からの予防以外に治療方法はない。

そこで製薬業界では、点眼薬の研究が進む。有効とされるのは低濃度アトロピンだ。水晶体の厚さを変える「毛様体筋」を麻痺させて瞳を大きくするとされ、必要に応じて診断や治療に使われてきた。近年は近視の進行を抑制する効果も示唆されているという。メカニズムは明らかになっていないが、眼軸長の伸長を抑制する可能性があるとされる。

シンガポールのアイレンズは、アトロピンを0・01%配合した点眼薬「マイオピン」を販売する。一般的な低濃度アトロピンは濃度1%だが、まぶしさや強い光による不快感、遠近調節機能の低下などの副作用が強い。配合濃度を変え、副作用を抑える。

ニール・エレンボーゲン社長は「既に日本でも処方している医療機関がある。子どもの近視抑制に貢献したい」と話している。

低濃度アトロピン点眼については、自由診療で近視の進行抑制目的に使うことも可能となっている。日本では、参天製薬が臨床試験中だ。ただ、濃度を低くしても副作用の可能性がゼロになることはない。使用には慎重な判断が必要だ。メカニズム解析が急がれる。

レーシックなど、残るリスク

眼球が成長した大人に向けて、眼鏡やコンタクトレンズを不要にする技術も進展している。医療現場では、眼球を手術し近視を矯正する治療が進む。

一定の知名度を得ているのはレーシックだ。角膜にレーザー光線を当てて角膜を削る。角膜の厚さやカーブを変えることで、屈折力を下げる。コンタクトレンズを角膜に彫り込むイメージだ。ある程度までの近視であれば裸眼で見えるようになる一方、強度の近視は角膜が薄くなりすぎてしまうため適応にならない。実施すると元に戻せない。

そこで注目を浴び始めたのがICLだ。角膜に触らず水晶体の前にレンズを挿入する。強度の近視も矯正が可能で、角膜をいじらないため見え方もクリアになるという。レンズを取り出して元に戻すことも可能だ。認定医制度があり、認定した眼科医しかできないという安心感も高い。

ただ、鹿児島大の坂本泰二教授は「ICLは重度の緑内障を発症するリスクがある。レーシックもドライアイなど副作用がある。超長期的なデータがない今、慎重に考えてほしい」と注意点を指摘する。

試行錯誤続く

文部科学省の学校保健統計によると、19年の裸眼視力0・3未満の小学生は9・28%。79年は2・67%だったのに比べると、40年で3・5倍となった。近視は緑内障視野障害、白内障、網膜剥離、黄斑変性などの疾患を合併するリスクが高く、予防ニーズは高い。

一方で、治療には難しさもある。生活習慣や遺伝など多数の因子が関与しているため、個人差が大きい。画一的な治療・予防法の確立が困難だという。“偽医療”の存在も問題視されている。

日本近視学会の大野京子理事長は「民間療法がはびこっている。正しいエビデンスのある治療を患者や眼科医に伝えられるよう、ガイドラインを整備したい」と意気込む。

眼球が成長しきる前に予防すべく、各業界で試行錯誤が続く。
日刊工業新聞2020年8月18日

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