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52歳でピアノに挑んだヤクザ専門ライター、講師との二人三脚で憧れの舞台に立つ

著者インタビュー/鈴木智彦氏『ヤクザときどきピアノ』
―52歳で始めたピアノの挑戦記です。

「50歳を過ぎてから自分の人生をたたみ始めた。これから『できること』『できないこと』を峻別(しゅんべつ)した上で、漠然と憧れていたピアノ演奏はぎりぎり可能だと思っていた。死ぬまでに5曲から10曲のレパートリーがあれば良いという楽しみ方だ。単なる“音楽の本”になると手に取ってもらえないこともあり、日々取材を重ねてきた“アウトロー”の視点を意図的に取り入れた」

―初めての経験に基づく執筆で大変なこともあったのでは。

「まず言葉を知らないと書けない。表現や言い方が分からず、ピアニストのインタビュー40人分をひたすら読んで言葉を補充した。素人ならバッドに当たって『ガーンと鳴る』というように音を音で表現する。しかし、音を蜜の味にたとえるように発想をすれば良いんだとヒントになった」

―ピアノ教室の門をたたくきっかけはABBAの曲『ダンシング・クイーン』なんだとか。

「潜入ルポ『サカナとヤクザ』の校了明けの躁状態で見た映画にこの曲が流れ、自然に涙がこみ上げてきた。本では必要以上に“けなす”こともあるが、青春賛歌の歌詞にグッときた。齢を重ねたせいもあるのだろうか。曲冒頭のピアノのグリッサンド(鍵盤上で急速に指を滑らせて音階を区切らずに弾く奏法)がとても印象に残り、ピアノを弾きたくなった」

―「練習すれば、弾けない曲などありません」など、著書に出てくるピアノ講師のレイコ先生の言葉が印象的です。

「先生は虎の穴のような音楽大学を卒業しているので、若いのに硬質で毅然(きぜん)とし、迫力がある。こちらが心酔するほど教え方もとても上手だ。ピアノはエレガントなものだと思っていたが、実際は“スポ根モノ”のように学んでいくものだった」

―ピアノ習得の過程は。

「練習するうちに“回路”のように両手別々に動かす神経が生まれ、突然ある日、弾ける喜びがある。ロールプレーイングゲームの冒険に似ている。『クリアするためにこうしよう』と考えながら成長していく。そこからすれば、先生はパーティーを組む仲間だ」

―本書では「学習」も重要なテーマです。

「こうしたら論理的に学べるということを書きたかった。『学ぶことのハウツー』と言える。歳を重ねて経験を積み、その経験があって学び方を体得してきた。ただ、年を取ってから挑戦した方が良いという話でもない。『学習は尊い』という精神的な自己啓発本にはしたくなかった」

―いつの間にか学習自体が目的になることがありますね。

「曲を弾きたいというゴールに向かう必要がある。その上で、予習と復習。レッスンの効果を引き出してくれる。我々は普段の仕事でも同じことをしている。目標をクリアするために各人が学習している。あくまで予習・復習は目的を達成するための手段だ」

-今後考えている執筆テーマは。

「料理の本も出したい。料理は火と包丁という二つの危険物を扱う。だから没頭せざるを得ず、強制的に悩み事も忘れることができる。その点はピアノの演奏と同じと言えるだろう」

(聞き手・日下宗大)
フリーライター・鈴木智彦氏
◇鈴木智彦(すずき・ともひこ)氏 ジャーナリスト 日大芸術除籍。雑誌・広告カメラマンを経て、専門誌『実話時代』編集部入社。『実話時代BULL』編集長を務めた後、フリーに。著書に『ヤクザと原発 福島第一潜入記』(文春文庫)など多数。北海道出身、54歳。『ヤクザときどきピアノ』(CCCメディアハウス 03・5436・5721)
日刊工業新聞2020年8月10日
日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
私も全くの初心者で2年前からピアノの練習を始めました。今回取り上げた『ヤクザときどきピアノ』を読んでいる途中、自分も鍵盤を触りたくなり、幾度も自宅の電子ピアノの前に座っては弾いてを繰り返しました。それほどピアノを演奏する楽しさが書き込まれた書籍です。鈴木氏独特のアウトローな視点から見るピアノの歴史などのユーモアもアクセルとなり、一気に読破しました。最後はホロッとします。

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