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常識を超えた合金をつくる新報国製鉄、秘訣は出し惜しみのない研究支援

常識を超えた合金をつくる新報国製鉄、秘訣は出し惜しみのない研究支援

高熱の溶鋼が光を放つ三重工場(三重県川越町)の溶解工程

真夏の炎天下、鉄道のレールが延びて曲がってしまった-。こんな話を聞くように、鉄は熱で膨張するものというのが世間の常識だろう。これに対し、灼熱(しゃくねつ)下でも極低温でも、まったく膨張しない「低熱膨張合金」を開発、製造しているのが新報国製鉄。その実力は宇宙航空研究開発機構(JAXA)や国立天文台での科学衛星プロジェクトへの採用候補に挙がるほどだ。

誘導結合プラズマ分析装置も導入

「研究に必要だと言われたものなら無条件で何でも購入する」。成瀬正社長の太っ腹な言葉を象徴するように、埼玉県川越市にある同社本社内の研究開発部門には分解能がナノレベルの熱膨張測定機や走査型電子顕微鏡、3次元レーザー顕微鏡など高価な分析機器がところ狭しと並ぶ。

合金に欠かせない強度や剛性、切削加工性なども両立させ、主に半導体・液晶製造装置や各種ウエハー用精密研磨定盤など、極めて高い精度が求められる用途に供給することで日本の先端産業を下支えする同社。それを可能にしている企業方針の一つが徹底した研究開発の強化だ。

2019年には約2000万円を投じて合金内の微量な成分を効率的に測定できる誘導結合プラズマ(ICP)分析装置を導入。一つ一つ分析方法が異なる微量元素を一度に測定できるようになり、分析時間の大幅短縮につながった。さらに測定可能な元素も増え、これまで外注せざるを得なかったホウ素や希土類なども自社で確認できるようになった。

さまざまな特性を持った合金開発には、その結晶構造内に含まれる微量成分の分析が欠かせない。成瀬社長は「当社くらいの規模でICPまで持っている企業はないはず」と胸を張る。

「当社の規模で保有している企業はないはず」(成瀬社長)と語るICP分析装置

16年末には、試験用の溶解炉を老朽更新する際、「どうせなら真空炉にしろと言った」という気前の良さも見せた。工場には真空炉がないにもかかわらず、「将来、工場にも真空炉が必要になったら入れればいい。まずはモノをつくってみることが大事」と、3000万円にも上る大型投資を断行した。

大手鉄鋼メーカーの人脈 若手研究者の育成に

さらに研究開発の拡充に貢献しているのが、成瀬社長の人脈だ。旧住友金属工業(現日本製鉄)出身の成瀬社長は、旧知の技術者や定年退職した研究者を招請。顧問や研究部長などに任命し、若手研究者のレベルアップに一役買ってもらっている。

金型内の溶鋼の流動を解析する「鋳造シミュレーション技術」の導入もその一つ。高熱で溶けた鋼が鋳型の中にどう流れ込み、どのように冷えて固まっていくのか、その過程をパソコン上で確認することで、合金内の小さな割れや気泡などの欠陥を排除できる。

鋳型の中は目視が困難なため、以前は熟練工の勘と経験に頼らざるを得なかった。事前のシミュレーションと実物を比較して確認できるようになることで精度が飛躍的に上がり、工数が減って納期短縮につながる効果も発揮している。

採用を目指す天文観測衛星の模型と成瀬社長

CFRP成型用合金に力注ぐ

こうした力を結集してとりわけ現在、注力しているのが、耐塩素合金や炭素繊維強化プラスチック(CFRP)成形金型用合金などの新素材開発だ。耐塩素合金では腐食や摩耗の激しい燃焼ボイラーの部材を狙う。特にプラスチックゴミなどを燃焼した際に発生する高温の塩素や酸化によるダメージが大きく、部材の消耗が速い。そこで「ボイラーや燃焼炉を使う事業者に部品交換用途として売り込む」(成瀬社長)考え。具体的には、廃棄物中間処理施設の焼却炉やバイオマス発電ボイラー向けの消耗部材をターゲットに据え、すでに実機での試験も始めている。

研究開発棟内のショールームに最新の研究成果や製品を展示

CFRP成形金型向けには高耐力の低熱膨張合金で航空機部品の市場を狙う。さらに、ドローンを一回り大きくした空飛ぶクルマ「スカイドライブ」の機体開発を推進する有志団体「CARTIVATOR(カーティベーター)」とスポンサー契約を締結。「機体にCFRPがたくさん使われる。情報収集も必要だ」(同)として炭素繊維業界との連携を深めている。

研究職の増員も着々と進む。過去3年で博士1人、修士2人を採用し、総勢10人と約100人の社員の1割を占めるまでになった。しかもうち3人が博士号取得者で4人目の候補が現在、東京工業大学大学院の社会人博士課程で学んでいる。「顧問を加えれば博士は全部で5人。今後もどんどん増やしていきたい」(同)と、人材育成にも惜しみなく経営資源を投入していく構えだ。

【企業概要】
▽所在地=埼玉県川越市新宿町5の13の1▽社長=成瀬正氏▽創業=1939年▽売上高=約55億円(2019年12月期)

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