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コロナに大災害…不確実性が増す製造業に欠けている「ダイナミック・ケイパビリティ」

「感知」「捕捉」「変容」、DX推進カギ

政府がまとめた2020年度版『ものづくり白書』は、不確実性が増す時代に生き残る上で「企業変革力(ダイナミック・ケイパビリティ)」の必要性を掲げた。新型コロナウイルスの感染拡大に限らず、災害や地政学リスクなど予測不能な事態に対してモノづくりの基盤をどう保つか。品質や技術で競争力を高めた日本の製造業の歩みに対し、柔軟な事業基盤の確立や抜本的な変化をいとわない姿勢が次世代に向けた競争力の源泉となりつつある。

新型コロナの感染拡大は世界に混乱をもたらし、サプライチェーン(部品供給網)寸断のリスクを浮き彫りにした。不安定な供給体制が生産活動に支障をきたし、リスク回避のため製造拠点の国内回帰や供給網の多元化に乗り出す動きも出始めている。

国内で毎年のように地震や大雨などによる被害が発生し、世界に目を移すと米中貿易摩擦や英国の欧州連合(EU)離脱など予測できない動きが渦巻く。災害や感染症、経済安全保障などさまざまな観点を踏まえ、白書は「不確実性が製造業のニューノーマル(新常態)になりつつある」と論じた。

不確実性を前提に生き抜く上でキーワードとして打ち出したのが、「企業変革力(ダイナミック・ケイパビリティ)」だ。写真フィルムからヘルスケアへ主力事業の構造を変えた富士フイルムホールディングスや、生産量変化や地域ニーズに応じた生産ラインを確立したダイキン工業を例に挙げ、何が起きても柔軟に応えられる経営資源の再統合や再構成の実践が競争力につながるとみる。

「感知」「捕捉」「変容」を重んじるダイナミック・ケイパビリティを磨くには実際にどうすれば良いのか。白書はデータ収集や人工知能(AI)による予測、シミュレーションによる製品開発の高速化、変種変量の生産体制など、あらゆる場面でのデジタル化が有効との考えを示した。

効率化や生産性を求めた設備やシステムの導入にとどまらず、あらゆる場面でデジタルを駆使する動きはデジタル変革(DX)の考えに通じる。従来のように感覚や経験則を基に組織を動かすことが難しくなった時代に、デジタルを活用した柔軟な仕組みづくりや客観的な分析に基づく判断が、ビジネスモデルの変革や人材育成を進める上で重要な意味を持つ。

デジタル化の進展に伴い、これまで白書で着目してこなかった設計のあり方にも言及した。仕様変更の自由度が高く品質やコストの8割が決まる製品設計までの段階を重視することが、不確実性を前提に戦略を打ち立てる上で有効と考える。

足元では厳しい状況が浮かぶ。設計プロセスを3次元(3D)データのみで進める企業は17%にとどまり、企業間や部門間でのデータの受け渡しも図面による手法が主体となっている。

製造工程やマーケティングとの連携でもデータの利活用が進んでいない。製造工程でデータ収集に取り組む企業は減少傾向にあり、収集したデータを十分に生かせていない状況も示された。

市場のニーズに素早く応えるスピード感やリードタイム短縮など国内製造業が長年抱える課題を解消する意味でも、モノづくりの川上に重心を置く設計力強化やアナログな手法からの脱却が問われる。

(取材・高田圭介)

日刊工業新聞2020年6月19日の記事から抜粋
日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
お役所独特の横文字は、時にわかりやすいことが一気に袋小路に迷い込むリスクをはらんでいると思っています。ダイナミック・ケイパビリティも正直、初見では理解するに読みとづらい要素を持っています。個人的にかみ砕くと、「物事(事業内容)にこだわりすぎない柔軟性」と「一気に加速するための準備」が根底にあるではないでしょうか。常に新しい言葉が登場するお役所言葉を5年後、10年後に再びウォッチしてみると意外と面白い事実に出くわすかもしれません。

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