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建設人に迫りたい。トンネル工事に密着した女性写真家の頭の中

写真家・山崎エリナさんインタビュー
建設人に迫りたい。トンネル工事に密着した女性写真家の頭の中

写真集『トンネル誕生』より(撮影:山崎エリナ)

人の力を伝えたい―。写真家の山崎エリナさんは、そうした思いを胸に土木インフラを維持管理したり建設したりする現場に生きる技術者たちを撮り続けている。2019年4月に発刊した写真集『インフラメンテナンス 日本列島365日、道路はこうして守られている』は、全国の書店でパネル展示が行われるなど話題を呼び、山崎さんは同年秋に国土交通省や文部科学省などが主催する「インフラメンテナンス大賞」の優秀賞を受けた。

そんな山崎さんが前作以上に技術者たちの人間性に迫ろうと汗を流し、撮影した新刊2冊を今月発刊した。約2年間にわたるトンネル建設の全工程を追った『トンネル誕生』と、新潟の四季折々の自然の中で工事に励む技術者たちの1年を収めた『Civil Engineers 土木の肖像』だ。

これまでに40カ国以上を旅して撮影し、海外での評価も高い山崎さんに、インフラ現場にカメラを向け続ける理由や新刊2冊に込めた思い、技術者たちの人間性を写し出すために意識したことを聞いた。(聞き手・葭本隆太)

※前作「インフラメンテナンス」についてのインタビューはこちら
 世界を旅する女性写真家が魅了されたインフラメンテ現場のリアル【連載・インフラを生かす#04】

撮るべき瞬間を宝物のように探していた

―新刊『トンネル誕生』は約2年間にわたるトンネル建設の全工程(※)を追いました。
 トンネルは元々好きで(車で立ち寄った時などに)撮影していました。レンガ造りの入り口とか(全体の)造形とかに魅力を感じている自分がいて、トンネルがどのように出来ていくのか見てみたいという好奇心がありました。その中で(前作『インフラメンテナンス』の撮影に協力してもらった福島市の建設会社である)寿建設の(森崎英五朗)社長からトンネル工事を受注したと聞き、(その工事の過程を)撮りたいと思いました。

※【山崎さんが全工程を撮影したトンネル】名前:泡吹地トンネル/場所:福島県伊達郡川俣町小網木地内(国道114号)/延長203.0m・幅10.25m・高さ・4.7m/工期2017年12月19日―19年9月30日
写真家の山崎エリナさん

―トンネル工事の現場と聞いて、具体的に撮ろうと考えていたシーンはあったのですか。
 いえ、まったく。現場で(技術者たちの)戦う背中を見て「これだ」と思いました。なるべく(技術者たちの)表情を撮りたい思いがあるので、本当は(ドリルで穴を開けていく場面などは)正面に回り込んでの撮影もしたかったのですが、現場に迷惑はかけられません。残念に思いましたが、みなさんの背中に「やってやるぜ」という気迫が溢れていて本当に格好いいと思い、この背中をどう伝えるかを大事に考えました。

―写真集の表紙など、トンネルの様子を映した作品も多く収録されています。
 (表紙の写真を撮影した時は)休憩時間に誰もいなくなり、静まった現場の空気の中にいると(さっきまでそこにいた技術者たちの)息づかいや(工事中の)大きな音の余韻が残っているような気がしました。それも(写真に)閉じ込めたいと思って。写真から伝わればよいなと思います。

―トンネルの壁面が防水シートで覆われているシーンは神秘的ですね。
 キラキラと輝いていてSF映画の(世界にいる)ような感覚になりました。(作業工程が進んで)コンクリートに埋もれたら二度と見られない場面だと考えると、すごく愛おしくて。この現場に携われて良かったと感じながら撮影しました。

写真集『トンネル誕生』より(撮影:山崎エリナ)

―トンネル工事の現場だからこそ撮影時に意識されたことはありますか。
 撮りこぼしなくという思いは強かったですね。今ある瞬間を撮っておかないと(工事が進捗すれば)もう二度とないと。それはどのような撮影現場でも共通することではありますが、トンネルの現場では特に多かったです。(その中で)欲張りだけど、トンネルの大きさや湿度感、人の気迫、熱量まで伝えたいと思うとあまりにも私には尊すぎて。それをどうやって閉じ込めるかを色々と悩みました。

―実際にそれを実現するためにどのように試みられたのですか。
 技術者たちと一体になったり、逆に忍者のようにトンネルの空気と一体になったりというか。音がうるさいとか、振動が伝わるとか、その場その場を自分が体感することを大事にしていました。自分自身が感じられたものがそのまま写真に出ると思っていて。画角や露出は二の次ですね。それに現場では相当動きまわっていました。撮るべき瞬間を宝物のように探していました。

人間性にもっと迫るために

―先ほども「なるべく技術者たちの表情を撮りたい」とおっしゃっていましたが、収録された多くの作品はトンネルの建設過程とともにそこに生きる技術者たちの姿を捉えています。
 トンネルの美しさだけでなく、(写真集を通して)それを「人が作っているのだ」ということを伝えたいと思っています。トンネルを撮ったきれいな作品はこれまでにもたくさんありますし、私自身も(それを見て)感動します。ただ、(建設過程には)人がいます。人の力に注目してほしいですし、私自身はそこに寄り添って撮っています。

―約2年間、同じ現場に通い続けたからこそ撮影できたと思う人の表情はありますか。
 表情の変化でしょうか。30代くらいの若い現場監督さんの表情が(工事を開始した)当初はやわらかいイメージだったのですが、どんどん引き締まっていって。工事の進捗によって得る達成感からなのか、表情に自信があふれてきて最後は違う人のように映っています。

―もう1冊の新刊『Civil Engineers 土木の肖像』はより表情に接近した作品が多いですね。
 (前作の)『インフラメンテナンス』も人の魅力に引っ張られて撮影していったのですが、今度は魅了された1人ひとりの技術者たちの人間性にもっと迫りたいという思いがありました。休憩時などに見せる笑顔にはまさに人間味が溢れていて。『Civil Engineers 土木の肖像』ではそういった表情にズームで迫りました。

写真集『Civil Engineers 土木の肖像』より(撮影:山崎エリナ)

―モノクロの作品を多く収録しています。
 カラーよりも人間そのものを感じてもらえると思いました。モノクロの方が(作品を見た人が)ぐーっと人に入っていけるというか。色に邪魔されずに人の魅力を伝えられる部分があります。

―その中であえてカラーの作品を選んで収録する狙いはどこにあるのですか。
 写真集の構成のためという意味もありますが、カラーだからこそ、白いテカリや光と影、汚れが浮かび上がることで、より(人の)気迫が伝わると思う写真があります。撮影時は撮ることに必死なので(今撮影しているものが)モノクロなのかカラーなのかという意識はないのですが、写真を見た時の感覚で選んでいます。

写真集『Civil Engineers 土木の肖像』より(撮影:山崎エリナ)

―インフラ現場の撮影は今も続けられているのですか。
 今は鉄を作っている(新潟県長岡市の)北越メタルという会社(にその精製過程とそこで働く職人さん)を撮影させてもらっています。(建設現場の撮影を続けていたら)素材の現場にまでたどりついてしまいました。(インフラ現場に生きる人たちの魅力に)はまっている感じかもしれませんね(笑)

―インフラ現場はなぜそれほどまでに山崎さんをかき立てるのでしょうか。
 災害時の補修作業を(人知れず)担っているなど、地域を守ってくれている見えない影の力(に魅力を感じている)というのでしょうか。私自身が(現場に入って撮影を続ける中で)それに気づかされて。だからそれをもっと一般の方に知って欲しいという思いがとても強いですね。

【トンネル誕生】
出版社:グッドブックス/判型など:A4判変型 96ページ/価格:2200円(税別)
【Civil Engineers 土木の肖像】
出版社:グッドブックス/判型など:B5判横型120ページ/価格:2200円(税別)
【略歴】山崎エリナ(やまさき・えりな)兵庫県神戸市出身。1995年渡仏、パリを拠点に3年間の写真活動に専念する。40カ国以上を旅して撮影。国内外で写真展を多数開催。海外での評価も高く、ポーランドの美術館にて作品収蔵。ダイオウイカで話題になったNHKの自然番組ではスチールカメラマンとして 同行し深海を撮影した。18―19年には「インフラメンテナンス写真展」を福島、仙台、東京ビッグサイトにて開催。写真集に『アイスランドブルー』『千の風 神戸から』『ただいま おかえり』『三峯神社』『インフラメンテナンス 〜日本列島365日、道路はこうして守られている 』などがある。
ニュースイッチオリジナル
葭本隆太
葭本隆太 Yoshimoto Ryuta デジタルメディア局DX編集部 ニュースイッチ編集長
昨年夏にインフラをテーマにした連載(インフラを生かす)を企画し、その取材の一環で写真集「インフラメンテナンス」についてインタビューさせていただいたのが出会いでした。その時に「トンネル誕生」のための撮影を始められているとお伺いし、私自身とても楽しみにしていた写真集がついに完成しました。当時、「トンネルが完成するまでのストーリーを伝えられたら」とお話していて、実際に作品を拝見すると、その現場の風景の変化だけでなく、そこで働く人の表情が変わっていく様子が捉えられているのが素敵でした。現在は鉄の精製過程にも密着されているということで、こちらも作品が出来上がる日が楽しみです。

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