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水のエンジンで惑星を巡り、太陽光発電所の設置…もう夢物語じゃない宇宙ビジネス

近年、小惑星探査機「はやぶさ2」が小惑星「リュウグウ」の探査で数多くの新たな知見を見いだした。それとともに、ピンポイントでタッチダウン(着陸)し惑星内部の試料採取をするなどの世界初の技術が注目された。宇宙技術を応用することで、深宇宙への進出や地球上でのビジネス展開が期待される。日本の宇宙技術は今後どのように発展するのだろうか。日本の次世代宇宙技術の最先端を追った。(飯田真美子)

衛星エンジン、水使用 環境汚染防ぎ低燃費

2024年に月へ、30年代に火星に有人着陸を目指す米国の「アルテミス計画」に日本も参加を表明した。24年にも月近傍有人拠点「ゲートウェー」が建設される予定だ。また、宇宙航空研究開発機構(JAXA)は固体燃料ロケット「イプシロン」で月周回軌道に超小型探査機を送り込むプロジェクトを検討し、20年代前半の打ち上げを目指している。月には資源となる水が豊富に存在していると考えられており、それらを利用した「深宇宙開発ビジネス」への展開が期待される。

東京大学大学院新領域創成科学研究科の小泉宏之准教授らは、推進剤に水を使った超小型衛星のイオンエンジンを開発した。ガス状にした水にマイクロ波を当てることでプラズマ状態にして放出させ、イオンエンジンの推力とする。現状で毎秒250メートルで飛行することができる。

月よりも遠い惑星を目指す場合、燃費を4倍下げる必要がある。内部の磁石の強さや水をプラズマに変換するためのマイクロ波の波長、電圧の大きさやグリッドを改良することで出力が約2倍上がり、燃費が1・5倍よくなる。そのため、実用化に向けてエンジン以外の周辺機器の開発も行っている。他国のエンジンに比べると、出力や燃費などの性能は低いが酸化に強く構造がシンプル。そのため、水を推進剤に使うイオンエンジンの開発に最適だ。

従来のイオンエンジンは有害物質や有毒ガスを推進剤にしており、取り扱いが困難だった。
 推進剤に水を使うことで取り扱いが容易で安全になり、宇宙環境を汚染しない。

小泉准教授は「低コストでいろいろな天体に行きやすいエンジンが必要。水を推進力に使うイオンエンジンにはその可能性がある」と語った。

宇宙太陽光発電所、マイクロ波で地上送電

現在、発電を行うためには火力や原子力が使われている。だが化石燃料の枯渇や地球環境の悪化につながることが課題となっている。一方で、風力や水力などの自然エネルギーを原動力にすると、発電能力が劣ってしまう。自然エネルギーを使い大容量の電気が作れる未来技術の一つとして、宇宙で太陽光発電を行う人工衛星「宇宙太陽光発電所(SPS)」の開発に向けた研究が進んでいる。

SPSは、人工衛星に取り付けられた太陽電池で発電した電力をマイクロ波で地上に伝送し、地球上の受電装置で受信し電気エネルギーとして取り出す仕組みだ。地球上から3万6000キロメートル上空で、ほぼ夜にならず太陽光が当たり続ける「静止衛星軌道」に設置する計画。周期が地球と同じ24時間であり、地上から見ると衛星が止まっているように見えるため1カ所に連続的に電気を送れる。設備の稼働率は90%以上で、二酸化炭素(CO2)の排出量は火力発電の数十分の1に抑えられるという特徴がある。

SPSは巨額な予算と広大な土地が必要という課題がある。マイクロ波を使い無線で電力を伝送する効率は、周波数とアンテナ間距離と大きさで効率が決まる。送電距離3万6000キロメートルで効率90%以上を達成するには、送電と受電のアンテナの直径が2キロ―2・5キロメートル必要。実用化するには基盤技術の開発に加え、ビジネス化に向けた研究も大切だ。

京都大学生存圏研究所の篠原真毅教授らは、SPSの基盤技術となる送電アンテナから放たれた電波を使い無線で電力を伝送する「空間伝送型ワイヤレス給電(WPT)」の研究を行っている。

飛行ロボット(ドローン)を使って上空から無線で電力を送電し、約60%の電力を受電できる仕組みを確立した。また、SPSの設計やマイクロ波受電アンテナの開発にも注力している。

篠原教授は「石油の発掘でなく技術を発掘し、マイクロ波という資源を基に電気を作って売るビジネスを確立させたい」と語った。

インタビュー/東京大学大学院新領域創成科学研究科准教授・小泉宏之氏

月・火星にロケット工場

東大・小泉准教授に宇宙技術の応用についてインタビューした。

小泉 宏之 准教授

―水を推進剤に使うイオンエンジンを搭載した超小型人工衛星で火星は目指せますか。
「はじめに月に行ってから火星を目指したい。月より遠くの天体に行くには今よりも4倍の性能が必要だ」

―月には水が存在していると考えられています。
「月にある水を活用するには、採掘できる量や場所などを調べる必要がある。月は科学的に見ても面白い」

―天体の水は有効利用できるでしょうか。
「天体に水の存在を確認し燃料に活用できれば、移動しながら水を補給でき遠くの惑星を目指せる」

―宇宙でもロケットを作れるでしょうか。
「月でロケットを作れれば火星にも行きやすくなるだろう。地球の重力圏を出ることにエネルギーを使う。月や火星にロケットなどを作る宇宙工場を作れれば、地球上とは別の作り方を提案できるかもしれない」

―アルテミス計画に日本も参加します。
「アルテミス計画への参加のための構想や動きは約3年前からあった。ゲートウェーは国際宇宙ステーション(ISS)よりも高い安全性を求められるだろう。その分、できることも大幅に増えると考えられる」

【キーワード/次世代宇宙技術】

政府の次期宇宙基本計画には、衛星測位や宇宙探査などの宇宙プロジェクトを支える産業基盤・科学技術基盤の強化策が定められている。その中に、SPSや液化天然ガス(LNG)推進系の実証試験、再使用型宇宙輸送システムの研究開発などの将来の宇宙利用の拡大を見据えた取り組みが盛り込まれ、注目を集めている分野だ。
 水を推進剤としたイオンエンジンやSPS以外に、高出力で低燃費な「レーザー核融合ロケット」の開発や、月面で水を分解し水素と酸素を生成させる「水の電気分解装置」の研究などが進む。

日刊工業新聞2020年5月8日

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