こいのぼりの産地は今、日本独自の文化を後世につなげるか
埼玉県には人形とこいのぼりの産地がある。「人形のまち」として有名なさいたま市岩槻区と「こいのぼりのまち」と呼ばれる加須市だ。人形は江戸時代初期、こいのぼりは明治時代初めから製造が盛んになったとされ、どちらも日本有数の生産量を誇る。少子高齢化などの課題に加え、新型コロナウイルス感染拡大で予定していたイベントの中止も相次ぐ。だが、産地として地域を盛り上げながら、日本独自の文化を後世につなぐ。
新たなモノの開発が課題
埼玉県は節句人形・ひな人形の製造が盛んだ。経済産業省の工業統計調査によると、2017年の節句人形・ひな人形の出荷額は、約39億円で全国1位。中でも、さいたま市の東部に位置する岩槻区は「人形のまち」として有名である。
岩槻人形協同組合によると、岩槻の人形の歴史は江戸時代に始まったとされる。日光東照宮の造営や修築にあたった工匠らが宿場町であった岩槻に定着し、同地で盛んだった桐(きり)細工から出るおがくずを利用して人形作りを始めたと伝えられている。
岩槻で作られる人形は「江戸木目込み人形」と「岩槻人形」の2種類に大別できる。どちらも国の伝統的工芸品に指定されており、作り方が異なる。
江戸木目込み人形は、筋を彫り入れた胴体に布地を埋め込みながら作る。他方、岩槻人形は縫った着物を人形に着せる。同協同組合の新井久夫理事長は、「江戸木目込み人形は、無駄が省かれた人形だと思う。岩槻人形は衣装着人形と言われ、ふわっとした華やかさがある」という。
人形作りの課題として新井理事長は、「出生率の減少と住宅事情」を指摘し、「節句などの行事に関わる仕事なので、子どもの数が減ることで需要も減少してしまう。また、アパートやマンションに住む人が増えると、飾る人形も小型化していく」と強調する。
こうした問題に対して、「節句文化を盛り上げながらも、広島県熊野町発祥の化粧筆のような、新たなモノの開発が課題」(新井理事長)だと話す。
「人形のまち」を盛り上げるため、さまざまな取り組みがされている。2月22日には日本で初めての公立の人形専門博物館「岩槻人形博物館」が開館した。さいたま市によると、3月1日に来場者が1万人を突破したという。
さらに岩槻区にある岩槻城址(じょうし)公園では、3月3日直前の日曜日に、子どもの無病息災を「さん俵」に託して川に流す「流しびな」を開催。20年は新型コロナウイルス感染拡大の影響で中止になったものの、19年には約3500人が訪れた。ほかにも、商店や神社などに人形が飾られる「まちかど雛(ひな)めぐり」など数多くの行事が開かれる。
現在は、新型コロナ感染拡大の影響で、岩槻人形博物館は休館中だ。関連行事も中止となっている。岩槻区役所の担当者は「岩槻を見に来て頂けるせっかくの機会だったが、中止になってしまい残念」と話す。岩槻区は、今年誕生15周年を迎えた。節目を機に、さらなるにぎわいに力を注いでいく。
手描きの会社が1軒もない
毎年、全長100メートルのジャンボこいのぼりを揚げ、こいのぼりのまちとして知られる加須市。明治の初め、傘やちょうちんを作っていた職人が副業として和紙でこいのぼりを作ったのが始まりだ。当時、県内の小川町周辺が手すき和紙の生産地で条件が良く、産業として栄えた。最盛期の昭和初めにはこいのぼり製造・販売業者が40社以上あったが、今では3社しか残っていない。
そのうちの1社、1896年(明治29年)創業の佐藤丑五郎商店は、こいのぼりの裁断や縫製などを手がける。生地の材料は和紙から綿布に代わり、現在はポリエステルやナイロンといった化学繊維が主流だ。
作業は図案作成、染色、裁断、縫製、袋詰めという流れ。昔は手描き職人も多かったが「3年前に手描きの会社が閉店し(加須では)1軒もない」と、加須市鯉幟組合組合長を務める佐藤吉則社長はいう。
佐藤丑五郎商店はこいのぼりのデザインを企画して専門業者に委託し、シルクスクリーンで染める。生地に描かれる、こいのぼりのサイズは3メートルや10メートルなどさまざまだ。それを自社で板に固定して裁断する。その後の縫製や袋詰めまで、すべて手作業。自社店舗のほか、関東の小売り店向けに出荷している。
「こいのぼりを揚げる場所がない」。佐藤社長はこいのぼりを見かけなくなった理由をこう分析する。核家族化でマンション住まいが増えるなど生活環境の変化が大きい。ベランダでも飾れるこいのぼりのコンパクト化が進むものの、需要は伸び悩む。専業で成り立たせるのは容易ではなく、後継者難など課題は山積みという。自治体や同業・異業種との連携を含め、市場を盛り上げることが欠かせない。
市も手をこまねいているわけではない。加須駅構内や駅前ロータリーにこいのぼりを装飾したり、県外イベントの参加などPRを積極化したりする施策を推し進める。商業観光課の斎藤一実主幹は「こいのぼりのまちとしてストーリー性を持たせ、まち全体を活性化させる」と意気込む。
これまで加須を訪れた人の中には市内にこいのぼりの姿がほとんどなく、イメージと違ったとの声もあったという。「名実ともに周知し、認知度を上げる」(斎藤主幹)施策を講じることで、その結果として、加須でのこいのぼり消費につなげる考えだ。
今年は新型コロナウイルスの影響でジャンボこいのぼりのイベントが中止となった。逆風が吹くほど元気に空を舞うこいのぼりのように、厳しい環境下であっても文化を絶やさず、次の世代へと継承できるようにしたい。