【新型コロナ】誤診の懸念も…オンライン診療は医療基盤になるか
新型コロナウイルスの二次感染を防止するため「オンライン診療」に注目が集まっている。政府はオンライン診療の規制緩和を進め、4月10日に初診が解禁されるなど新たな動きが出てきた。診療報酬の低さや対象疾患を限定するなどの課題があったが、新型コロナを契機に普及へ期待がかかる。新型コロナ収束後にオンライン診療が一般化すれば、自宅にいながらいつでも医療を受けられる未来が来るかもしれない。(取材・森下晃行)
一気に変わる
「これまで長い時間をかけて議論してきたことが、新型コロナをきっかけに一気に変わろうとしている」と、オンライン診療サービスを手がけるメドレーの田中大介執行役員は熱を込める。外来を受診する患者が大幅に減る中、注目を集めているのが家にいながら医療を受けられるオンライン診療だ。
オンライン診療は、医療従事者と患者が別々の場所にいながら診療を行う遠隔診療の一種。ビデオ通話などを用いて医師と患者がやりとりし、診断を下したり医薬品を処方したりする。患者の利点は通院にかかる時間を削減できること。患者負担が減るため、通院や治療の継続率を高められるという医療機関側の利点もある。ビデオ通話などによる問診や医療費の支払い、電子カルテなどを連携した一連のICTサービスとして運用する。
1万超が導入
新型コロナの感染拡大によりオンライン診療の需要は急激に高まる。メドレーのオンライン診療システムは3月の問い合わせが前月比2倍になった。同じくオンライン診療サービスを手がけるマイシン(東京都千代田区)も3月の導入件数が同2―3倍増えた。厚生労働省はウェブ上にオンライン診療が可能な医療機関を公開したが、4月25日時点で全国の1万を超える医療機関が導入している。
「これまでは利便性と裏腹にオンライン診療は普及していなかった」と、メドレーの田中執行役員は振り返る。オンライン診療が医療現場に本格導入され始めたのは2018年3月。厚労省が対象疾患などを定めたガイドラインを発表し、保険適用が始まった。ただし初診は認めず、対象疾患は生活習慣病などの慢性疾患のみという強い規制のもと、これまでは“対面診療の補完”という位置づけだった。
「対象疾患の限定に加え、診療報酬の低さが普及を阻んできた」と、マイシンの原聖吾CEO(最高経営責任者)は指摘する。オンライン診療が保険適用される疾患は糖尿病やてんかんなどに制限され、診療報酬は対面診療の約半分だった。現在は規制緩和で対象疾患の限定がなくなったが、診療報酬はいまだ低いままだ。ビデオ通話より簡便な電話による生活習慣病の定期受診も「電話等再診料」という診療報酬で、対面診療の約2割の診療報酬しか医療機関は受け取れない。
都市部へ集中
規制の背景には、日本医師会(日医)がオンライン診療の本格運用に難色を示していることがある。医療機関がオンライン診療を導入する際の研修は日医が監修し、この研修でもオンライン診療は「特例的措置」であることが強調されている。
ある医療関係者は「オンライン診療が普及すると地方の医療機関を受診する患者が減り、都市部の優秀な医師のもとへ患者が一極集中する恐れがある」と指摘。厚労省などはオンライン診療の推進に積極的だったが、これまで規制緩和が進まなかったのは日医へ配慮があったからではないかと推測する。
日医が消極的な理由に安全性をどう確保するかという課題もある。問診とビデオ通話によるオンライン診療は、患者に接して検査ができない以上、対面診療よりも得られる情報が限られる。誤診の可能性を減らし、エビデンスを確保することが必要だ。
日医や国だけでなく、制度を利用する医師の間でもオンライン診療に対して慎重な姿勢はある。医療情報サービスを手がけるメディカル・データ・ビジョンは4月、自社サービスを導入する900の急性期病院にアンケートを行った。今後オンライン診療を実施するかという問いに対し「実施する」と回答したのは全体の約15%に留まった。
「実施しない」と回答した医療機関の多くは、オンライン診療を導入できる環境にないことを理由にあげた。マイシンの原CEOは「オンライン診療のツールを使いこなせる医師は限られる。全国の診療所のうち導入できるのは3―4割ではないか」とみる。
次の段階へ
一方、新型コロナをきっかけに利便性が周知されれば対面診療の補完という位置づけを脱し、次の段階へ進むかもしれない。「新型コロナはオンライン診療がどういうものか体験する機会にもなりうる」と、オンライン診療サービスを手がけるインテグリティ・ヘルスケア(東京都中央区)の園田愛社長は説明する。
「例えば患者の心拍数や血圧など日常的な健康データをウエアラブル端末で計測し、遠隔で医師が把握することもできるのではないか」。オンライン診療の未来像として、園田社長はこのような展望を思い描く。呼吸器の疾患は日常的な確認が欠かせないため、ウエアラブル端末などのICTをオンライン診療に組み込めば病状の悪化を予測できるかもしれない。患者の健康状態に合わせ、飲み薬から貼り薬に変えるなど医薬品の適正使用も可能だという。
現在のオンライン診療はビデオ通話による問診が中心だが、検査キットを利用すればさらに医療の幅が広がる。マイシンは18年に、インフルエンザの診療に関する実証実験を行った。高熱などの症状がでると患者はビデオ通話で医師に報告。医師の指導に基づいて在宅のまま検査キットを使用する。検査結果やビデオ通話を通じ、医師は患者に病院の受診を促す「受診勧奨」や出勤についての助言を行った。
「規制の一部を特例的に緩和して実証実験を行う国の政策『サンドボックス制度』を利用した」と同社の原CEOは説明。「検査精度など課題はあるが、将来はこういう医療行為も一般的になるかもしれない」と話す。
患者のもとに医薬品を届ける方法にも新たな動きが出ている。これまでオンライン診療で薬を処方する場合は、医療機関は紙の処方箋を患者に送付し、患者は最寄りの薬局まで出向いて薬を受け取らなければならなかった。厚労省は2月にこの規制を緩和。医療機関は診療後、FAXで薬局に処方箋を送ることで患者の処方手続きを代理し、薬局は患者の自宅に医薬品を直接送付できるようになった。
4つ目の柱
患者が薬局と電話などでやりとりし、服用上の注意点などの説明を受ける「オンライン服薬指導」も2月から可能になった。「服薬指導サービスの提供を始めて1カ月ですでに大手調剤チェーン2300店舗で利用が始まっている」とマイシンの原CEOは明かす。FAXによる処方箋送付やオンライン服薬指導の導入により、患者は家から出ずに診療から医薬品の処方まで完結できる。
オンライン診療は「外来、入院、訪問という医療の形態の四つ目の柱になる」とメドレーの田中執行役員は断言する。ICTの活用により、対面せずとも対処可能な医療の領域は今後増えるだろう。状況に応じた医療のすみ分けが進み、医療従事者の人手不足の解決や、生産性の向上が進みそうだ。規制緩和が進んだオンライン診療だが、新型コロナを契機に一つの医療基盤になるかが試されている。
<関連記事>
200人以上の現役医師が実名で24時間相談対応、健康不安に答えるアプリが大人気のワケ