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「iPS細胞」 支援打ち切り報道から一転、継続のなぜ?

政府は、京都大学が進める再生医療用iPS細胞(人工多能性幹細胞)の備蓄事業への支援継続を大筋で決めた。11月に京大iPS細胞研究所(CiRA)所長の山中伸弥教授が開いた会見で、支援の打ち切りや支援額の減額といった案が政府内にあることが表面化したが、当初の予定通り2022年度まで支援を継続する。一連の混乱には、iPS細胞備蓄事業への評価や今後の方向性について、政府や研究者などの間で意見がわかれたという背景がある。

これまで政府はiPS細胞を使った再生医療の実現を掲げ、22年度までの10年間、補正予算を含め1100億円の研究費を投入するなど、文部科学省を中心に強力に研究開発を後押ししてきた。CiRAの再生医療用iPS細胞の備蓄事業はその中の目玉と位置付けられ、20年度も約9億円が予算の概算要求に盛り込まれている。

iPS細胞はあらゆる臓器や組織の細胞に分化することができるが、他人のiPS細胞を分化させて移植に使う場合、細胞上の抗原「ヒト白血球型抗原(HLA)」により、免疫機構に異物と認識されて排除されてしまう。iPS細胞備蓄事業では、免疫拒絶反応が起きにくいHLA型の組み合わせを持つ人から細胞を集めてiPS細胞を作製し、日本人の大半へ移植可能な細胞の備蓄を目指している。

今回巻き起こった同事業への支援継続可否の議論について「医療分野全体でそれぞれの研究にどうメリハリをつけるのか、iPS細胞備蓄事業の方向性について検討した」と政府関係者は説明する。現在までに作製されたiPS細胞の日本人カバー率などから、限られた資金での細胞の集め方として現在の方法が適切なのか、事業がニーズに合っているのかといった指摘があったという。

iPS細胞を使った再生医療の事業化を進める研究者からも「CiRAへの支援について検討がなされたことは当然のことだ」という意見が上がる。「iPS細胞に研究費がついたことで優秀な研究者が集まったという実績はある」としつつ「しかしその分、他の研究領域が割を食った。適切な評価が行われるのは妥当だ」と同研究者は強調する。

一方で、CiRAがこれまでiPS細胞の臨床応用を支えてきたことも事実だ。国内ではiPS細胞由来の細胞を移植する臨床研究が現在5件実施されており、そのいずれもCiRAからiPS細胞の提供を受けている。亜急性期の脊髄損傷患者を対象とした研究に携わる慶応義塾大学の岡野栄之教授は「iPS細胞は細胞株ごとに特徴があるため、研究の過程で、より適した細胞の提供をCiRAに依頼することがある」と説明する。移植用細胞の作製において、大規模にiPS細胞を保有しているという点はCiRAの大きな強みだ。さらに「CiRAからの細胞提供がこれまでのようにできなくなれば、企業が所有する高額のiPS細胞を購入することになる。そうなれば、臨床研究は極めてやりにくくなるだろう」(岡野教授)とし、CiRAの意義を強調する。

山中教授らがヒトiPS細胞の作製に成功したのは07年。基礎技術の確立からわずか10数年で臨床にたどり着いたのは驚異的なスピードといえる。しかしiPS細胞による再生医療のゴールは研究ではなく、事業化し、誰もが使える技術にすること。適切な評価と支援を継続し、冷静な議論を重ねることが重要だ。


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再生医療低コスト化へ、ニーズに合う方向性探る


日刊工業新聞2019年12月11日
明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役デジタルメディア事業担当
後編は日刊工業新聞電子版でお読みになれます。

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