ヘルスケアで巨額投資続く。化学大手にアステラス…当たりはどこだ?
アステラス製薬は3日、米バイオ製薬企業のオーデンテス・セラピューティクス(カリフォルニア州)を買収し、完全子会社化すると発表した。1株当たり60ドルで株式公開買い付け(TOB)をする計画で、買収総額は約30億ドル(約3200億円)の予定。買収完了は2020年1―3月期を見込む。遺伝子治療薬分野を強化し、将来の収益基盤の一つに育成する。
<東京都内の本社で3日会見したアステラス製薬の岡村直樹副社長は、今回の買収を「(重点領域に据える)遺伝子治療薬分野でリーディングポジションの確立に向けた重要なステップ」と述べた。
アステラス製薬がオーデンテスを買収することで両社が合意し、2日に契約を結んだ。アステラス製薬の米国子会社が、オーデンテスの発行済み全普通株式を取得する。TOBは今後数週間以内に開始し、開始後20営業日で終える予定だ。オーデンテス株の2日終値は28・61ドルで、買い付け価格は約2・1倍となる。
オーデンテスは重度の筋力低下や呼吸不全などが見られる希少な神経筋疾患を対象に、遺伝子治療薬の開発を進める。遺伝子治療薬に用いるアデノ随伴ウイルス(AAV)の関連技術に強く、商業生産に必要な製造設備やノウハウも持つ。今後、欧米で承認申請を目指しており、製品化されれば収益が見込める。さらに、両社の知見や技術を組み合わせながら、多様な疾患領域で治療薬の創製にも取り組む。
日刊工業新聞2019年12月4日
<ニッチな存在として>
三菱ケミカルホールディングス(HD)と住友化学、旭化成の総合化学3社が、ヘルスケア分野へ1000億―5000億円規模の大型投資に踏み切る。バイオ医薬や再生医療、予防医療などの普及・拡大により、医療・医薬分野は変化点を迎えている。M&A(合併・買収)や提携戦略によって、技術進化で生まれる“新しいニッチ”な成長領域の獲得を目指す。
【旭化成】部門売上高6000億円へ
「2025年度にヘルスケア領域で売上高6000億円の達成には、あと一つくらい(M&Aが)必要かもしれないが、二つの基盤がそろった」。旭化成の小堀秀毅社長は、約1432億円を投じて米製薬会社ベロキシス・ファーマシューティカルズを買収することを決め、笑顔を見せた。12年に約1800億円で買収した自動体外式除細動器(AED)の米ゾール・メディカルに続き、医療市場をけん引する米国で事業基盤を獲得。グローバル展開を加速する。
米ベロキシスの19年の売上高見込みは80億―90億円と小さいが、ヘルスケア領域担当の坂本修一取締役専務執行役員は「規模でなくバリューが重要だ」と話す。同社は米ゾール買収時に「高値づかみ」と言われたが、買収後の米ゾールは急速に成長し、“目利き力”を示した。米ベロキシスもニッチながら、今後の医療技術の変化にマッチし、免疫系や神経系医薬を得意とする旭化成と相性がいい。
米ベロキシスの腎移植患者向け免疫抑制剤「エンバーサスXR」は独自の徐放製剤技術により、少ない服用で血中の有効成分濃度を長時間保持でき、患者の負担を減らせる。米国は成人の6人に1人が慢性腎臓病といわれる。末期腎不全に対し、腎移植は透析よりもQOL(生活の質)と経済性の高い治療法とされ、移植患者が生涯飲み続ける免疫抑制剤の成長性は大きい。
今回の買収は急に舞い込んだ話ではなく、少額投資やベンチャーキャピタル活動を続けた結果だ。リチャード・パッカー専務執行役員(ヘルスケア領域担当)は「米ベロキシスにたどり着くまで、何社も吟味し、失敗もあった」と振り返る。パッカー専務執行役員は、旭化成が買収した当時の米ゾール最高経営責任者(CEO)だった。M&Aで得た人材が次の成長戦略で重要な役割を担い、変化を次へとつなげる。
【住友化学】創薬VBと戦略提携
住友化学の岩田圭一社長は「(創薬ベンチャーの)ロイバントが持つ手法を文化として取り入れれば、大日本住友製薬は日本を代表する製薬会社になれる」と、大きな期待を寄せる。連結子会社の大日本住友製薬は創薬ベンチャーのロイバント・サイエンシズ(英・スイス)と戦略提携を結び、約3200億円を投資する。ロイバントの持つ創薬子会社5社を取得し、ロイバントへも10%出資する。創薬子会社2社は有力な新薬候補を持っている。子宮筋腫など向けの「レルゴリクス」と過活動膀胱向け「ビベグロン」は、大日本住友の統合失調症薬「ラツーダ」の主要特許切れ後の収益低下を補う役割だ。大日本住友の得意とする疾患領域と異なるが、治験が進んでいるため早期収益化を見込める。
提携戦略の本丸は、ラツーダの穴埋めではなく、「データ駆動型の製薬企業へ一気にジャンプする」(野村博大日本住友製薬社長)ことだ。ロイバントが創業からわずか5年で多くの候補薬を抱えられる理由は、独自のデジタル技術群にある。データ分析によって新薬開発パイプライン獲得や臨床開発を効率化している。大日本住友は、デジタル技術とデジタル人材の獲得でロイバントの手法を取り入れ、企業の根幹を支える開発力自体を変革する。
【三菱ケミカルHD】再編で“かけ算”増やす
三菱ケミカルHDはグループ内の再編によって、従来の新薬特化型から予防医療や再生医療、アフターサービスへビジネス領域を広げる。約4918億円を投じ、連結子会社の田辺三菱製薬を完全子会社化する。
越智仁三菱ケミカルHD社長は「多様な産業でビジネスモデルの変革が起きている。ヘルスケアも今が変わるタイミングだ」と話す。親子上場の解消は最大の目的ではない。同社は17年4月に素材系3社を統合して三菱ケミカルを発足させ、構造改革を進めた。次はヘルスケアの番だ。一方、産業ガス子会社の大陽日酸は、次の5カ年計画でも完全子会社化の構想は「ない」(越智社長)という。
グループの技術や経営リソースをかけ算すれば、医薬・医療向け材料や治療サービス、海外展開、ベンチャーとの連携拡大などの多様なシナジーの絵を描ける。特に再生医療とデジタル技術は、グループ一体化で大きな果実を期待するところ。
三菱ケミカルHDは腫瘍化リスクの低い多能性幹細胞「ミューズ細胞」を活用した再生医療技術を研究し、20年度に同技術の申請、21年度に登録を目指す。迅速な事業立ち上げには、田辺三菱製薬の経験が必要だった。一方、田辺三菱製薬が得意なニッチな領域は「デジタル技術と三菱ケミカルHDの総合力で強化し、十分成長できる」(越智社長)。
総合化学各社は石油化学事業再編を経て、今、拡大路線に舵(かじ)を切っている。この中で景気変動の影響を受けにくいヘルスケアの強化は、収益バランスを考えると必須だ。巨大なヘルスケア産業の中で、ニッチな存在として存在感を高める。
(取材・梶原洵子)
日刊工業新聞2019年11月28日
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