「香るゆず塩鍋」の風味が持続する注ぎ口、ヒット商品の裏に規格化あり
鍋料理がおいしい季節がやってきた。久原醤油が発売した濃縮タイプの鍋用スープの新商品「香るゆず塩鍋」は、使い切るまでユズのさわやかな風味が持続するのが特徴だ。その秘密は、外気を遮断して酸化を防ぐパッケージ。この独自技術を持つのが新潟県に本社を構える悠心である。
2007年に設立された同社は、液体を真空に近い状態で保存できる袋式容器が主力事業。注ぎ口が特殊なフィルムになっており、注ぎ終わると口が自然に閉じて密閉状態を保ち内部への空気の侵入を防止できる。
瓶やペットボトルが主流だった調味料や飲料分野に変革をもたらし、ヒット商品を生み出している。単身世帯の増加に伴って保存期間が長期化するなど消費スタイルの変化を捉えたことに加え、プラスチックごみ問題に対する消費者の環境意識の高まりも普及の追い風となっている。
新たな市場を切り拓く原動力は革新的な技術だが、とりわけ経営資源が限られる中小企業にとって、技術を早く社会に普及させ、商機拡大につなげる上で標準化戦略は切り札のひとつとなる。
イノベーションの原動力
経済産業省が展開する「新市場創造型標準化制度」は、既存の規格では適切な評価が難しい中小企業の革新的な技術や製品の規格化を後押しするもので、前述の悠心も同制度を活用。液体用高機能容器の評価方法が2016年に日本工業規格(JIS、現日本産業規格)として制定された。その意義を二瀬克規社長はこう語る。
「取引先に対する技術の信頼性が高まったことはもちろんですが、規格化を推進した者として『常にチャンピオンデータを達成しなければならない』との意識が高まり、さらなるイノベーションにつながると考えています」。
悠心は、研究者だった二瀬氏が自身の目指す開発を貫くため、大手企業を飛び出して起業した基礎研究発の技術ベンチャーだけに、さまざまな評価・分析手法を持つ。
自社内で確立してきたこれら手法がJIS化によって公的標準となった意義が大きい反面、万が一、自社の性能を上回る技術が登場すれば「ライバルに塩を送る」ことになりかねない緊張感と背中合わせでもある。逆に言えば、標準化は自社の技術優位性に対する自信の裏返しである。
「標準化制度」、中小企業を後押し
工業用ゴム製品の製造販売を手がける朝日ラバー(埼玉県)が開発した白色シリコーンインキ。耐熱性や対紫外線(UV)性能に優れ、照明機器の劣化を防ぐ効果を持つものの、こうした新規性や優位性を市場にどう訴求するか課題を抱えていた。取引先の経営支援の一環として、JIS化を働きかけたのが標準化活用支援パートナー機関の武蔵野銀行である。同行地域サポート部副グループ長の藤井貴之さんはこう語る。
「中堅・中小企業は自社の技術の可能性に気付いていないことが少なくありません。まずは気づきのきっかけを与えることが、さまざまな関係者との接点を持つ地域金融機関の役割と考えています」。
朝日ラバーと武蔵野銀行は連携して、「新市場創造型標準化制度」を活用し、「照明器具用白色シリコーンインキ塗膜」として2018年にJIS化を実現した。
朝日ラバーの渡辺陽一郎社長は「これを弾みに、製品アイテムを拡充してきたい」と意欲を示しており、反射板のほか、このインキを塗布したフィルムや鋼板の販売も計画している。武蔵野銀行はビジネスマッチングなどを通じ、採用分野拡大を後押しする構えだ。
中小企業の標準化戦略を後押しする政策的な意義について、経済産業省の宮崎貴哉基準認証政策課長はこう語る。「技術や製品を広く社会に普及させるには、性能や仕様を客観的に評価できる指標が欠かせません。ところが、革新的な技術や企業固有の『とがった』技術であるほど、評価方法などの開発が間に合わず、市場創出や拡大が進まない恐れがあります。従来の工業会での国内調整を経なくとも、JIS化や国際標準化への提案が進められる枠組みが必要なのです」。
2014年の制度開始以来、これまで38社が同制度を活用し、うち25件が規格化を達成している(2019年11月時点)。国内市場の獲得はもとより、海外にもビジネスチャンスを見いだす企業が広がることが期待される。