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二人の日本人が証言、世界は移動革命「MaaS」でその先を見据えている

 人々の移動に革新をもたらす新たなサービス「MaaS(モビリティー・アズ・ア・サービス)」。この言葉がメディアに踊らない日はないと言っても過言ではないほど、世界的な注目を集めている。自動車のみならず、鉄道やバス、タクシーなど多様な移動手段をデジタル技術によって連携させ、利便性を高める発想だが、その先には幅広い産業にパラダイムシフトをもたらす可能性を秘める。「MaaS」をめぐり世界でいま何が起きているのか。まずは、世界の事情に詳しい二氏の話から、ひもといてみよう。

【rimOnO(リモノ)代表取締役社長・伊藤慎介氏】

 今年3月に訪れた欧州では市民の移動が激変する姿を目の当たりにしました。まず驚いたのは、欧州委員会のお膝元であるベルギー・ブリュッセルにおいて、ウーバーの配車サービスやLime社の電動スクーターなど米国発のモビリティーが普及している様子です。

 一方、ドイツではワンウェイ型のカーシェアリングが急速に拡大。ステーション型を上回る勢いです。ハンブルク市では鉄道、バス、カーシェアリング、自転車シェアリングなどを共通して利用できる「switchhプログラム」が提供されています。単なアプリ間の連携だけでなく、駅などに乗り継ぎが容易になるターミナルを物理的に設けていることが非常に先進的と感じました(写真下参照)。
ブリュッセルの街中で普及しつつある「e-scooter」を体験する伊藤氏

異なる手法でアプローチ


 そのドイツでは、BMWとダイムラーがそれぞれ進めてきたモビリティーサービス事業を統合しました。競合関係にある2社が手を取り合い、新たなサービス創出に挑む姿からは、MaaSが及ぼすインパクトの大きさがうかがえます。

 自動車メーカーやスタートアップ主導で新たなモビリティーサービスが誕生する一方、MaaSをめぐる都市間競争も激化しています。米国は自由放任主義で、ウーバーやLimeのような新しいモビリティーサービスにチャンスを与えた後に、必要となる規制を導入するアプローチですが、パリやコペンハーゲン、ストックホルムといった欧州各都市では都市交通政策の一環として、行政が新たなプレーヤーに参入機会を与える政策手法を採用しています。

 こうした中、異色といえるのは、MaaSの代表的企業とされる「マース・グローバル」を生み出したフィンランドです。同社の定額サービスでは近距離のタクシーや公共交通、カーシェアリングが使い放題。あらゆる種類の交通サービスを「つなげる」ことに成功した「MaaSオペレーター」として有名ですが、フィンランドに注目すべき理由は、規制当局がユーザー目線に立って自らMaaSを推進している点です。

 時に大胆な規制緩和も伴う施策を展開する背景には、補助金頼みの公共交通やタクシーやバス、トラックの慢性的なドライバー不足に対して、スタートアップや若い世代の知恵を活かしたいという政府の考えがあります。ノキアに代わる産業のけん引役を育成する狙いもあるでしょう。

カギは企業と都市の連携


 翻って日本。私自身、経済産業省の省内横断のプロジェクトチームにアドバイザーとして参加し、ともに検討を進めてきました。MaaSにビジネスチャンスを見いだす動きや、地域課題を克服するための実証実験が始まっていますが、社会実装はこれからと感じています。

 ビジネスとしてのMaaS成功のカギは、企業と都市の連携にあります。国によってアプローチこそ異なりますが、モビリティービジネスのインキュベーション機能として都市交通政策を捉える動きは世界共通だからです。

 その具体策を描くことが日本発MaaS実現の一歩となるでしょう。こうした観点からも、MaaSの社会実装プロジェクトを関連産業を所管する経済産業省と都市・交通政策を担う国土交通省が連携して進めることはこれまでにない動きであり、期待しています。(談)
ハンブルグ市内にある「Switch Point」(画像=伊藤氏提供)

いとう・しんすけ 経済産業省を経て超小型電気自動車のベンチャー企業を設立。現在はモビリティー分野のイノベーション活動に従事。


【一般財団法人計量計画研究所理事 牧村和彦氏】

 世界では革新的な交通ビジョンが相次ぎ打ち出され、モビリティーサービスを軸に官民連携が急拡大しているー。僕の問題意識も伊藤さんと共通しています。そしてモビリティー革命の先にはあらゆる産業に地殻変動を及ぼす「ゲームチェンジ」があると見ています。

 初期段階のMaaSは、事業者が個別に行っていたモビリティサービスに関わる情報が統合され、ルート検索や予約、決済がひとつのアプリで行えるようになります。企業の枠組みを超えてひとつのサービスとしてパッケージ化、定額制化されれば、ユーザーの利便性はますます高まりますが、産業に与えるインパクトはそれにとどまりません。モビリティーサービスが新たな産業と融合することで、価値創造につながるのです。

親和性の高い産業とは


 とりわけ住宅・不動産はモビリティーとの親和性が高い。サンフランシスコでは、月100ドルの公共交通、配車サービスが利用可能な交通系ICカード付の賃貸住宅がまもなく登場します。

 マース・グローバルは、提携先の物件入居者に対し、自社の定額移動サービスを提供する新サービスを始めます。カーシェアリングが広がれば、商業施設やマンションの駐車スペースを有効活用できますし、街路空間の利用効率が向上します。

 実際、米国では台数ではなく、移動人数を大幅に増加させ、沿道の価値向上、ひいては地域活性を目指す「街路革命」の議論が進んでいます。オーストラリアのアデレードでは、立体駐車場から路上のスマートパーキングに投資する方針を打ち出しています。

 自動車メーカー自身も新たな価値創造に挑んでいます。独のBMWとダイムラー、アウディが出資するHere社が提供するモビリティーアプリは、ルート検索や予約決済に加え、誘い合ってイベントに行くなど移動そのものを作り出す機能も備えています。移動の体験価値を高め、新たなコミュニティーを創出することに自動車メーカー自身が乗り出していることは注目すべきでしょう。
 

日本が秘めた可能性


 日本でもトヨタ自動車と西日本鉄道が福岡市で、さまざまな移動手段を統合し、検索、発券できるマルチモーダルモビリティーサービスの長期にわたる実証実験を行っていますが、この中にも、イベントや店舗情報などと連動し外出を促す仕掛けが組み込まれています。

 僕はこれを日本版MaaSと受け止めています。政策においても、この4月には経済産業省と国土交通省が新たなモビリティーサービスの社会実装に向けた「スマートモビリティチャレンジ」をスタート。異業種との協働を進めるための協議会も発足予定です。日本でMaaSを社会に根付かせるための具体策を探り始めたことに期待しています。

 日本でのMaaSを考える上で、注目しているのは、交通事業者の存在です。鉄道やバスといった公共交通のみならず、不動産やホテル、沿線開発から流通まで生活総合産業を展開する独自のビジネスモデルは、モビリティーを軸に機能が高度化していくMaaSの概念につながります。そこに可能性を感じるのです。(談)
牧村和彦氏

まきむら・かずひこ 博士(工学)東大。モビリティーデザイナーとして政策立案に関わる。専門分野は交通計画、交通まちづくり。
神崎明子
神崎明子 Kanzaki Akiko 東京支社 編集委員
6月のMETIジャーナル政策特集は「移動革命『MaaS』が拓く未来」です。ご期待下さい。

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