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【経産大臣・世耕弘成】G20で日本はこう呼びかける
【連載(2)首脳会合だけじゃない「G20」】
日本はG20(主要20カ国・地域)会議で、自由貿易の推進やイノベーションを通じて世界経済の成長を牽引する姿を示すとともに、デジタル分野におけるルールづくりや気候変動・エネルギー分野で政策協調を呼びかける構えだ。課題は山積、かつ複雑化する世界を前に議長国として、どう議論を集約し、問題意識の共有を図るのか。関係閣僚会合の開催を前に世耕弘成経済産業大臣に聞いた。
-まず、貿易をめぐる世界情勢や課題をどう見ていますか。
「世界がインターネットでつながり、経済活動がグローバル化していく中で少し格差が発生し、グローバル化に対して不満や反発が出てきた。そこに政治的なポピュリズムも絡み、保護主義が台頭し拡大しているのが現状だ。特に世界の2大経済大国である米国と中国が貿易制限的措置を打ち合っており、それが世界経済に不透明感を醸し出し、実質的に成長も減速している。また保護主義的な動きだけでなく、鉄鋼の過剰生産問題など歪(いび)つな産業構造も世界経済に影響を与えている。日本が自由貿易の旗手として力を尽くす必要がある」
-米中対立が世界のリスクとなる中、日本はどんな役割を果たすべきですか。
「世界的には、日本がリード役となって(米国を除く)環太平洋連携協定(CPTPP)や日・欧州連合(EU)の経済連携協定(EPA)をまとめ、高い評価を受けている。その日本が自由で公正なルールに基づく通商枠組みを維持し発展させていくことが極めて重要だ。保護主義的な動きをしても貿易摩擦の根本的な原因を絶つことにはならない。市場歪曲的な産業補助金を撤廃させていくことなどにより、公平な競争条件を確保していく。それが問題解決の王道だと思う」
「一方で第4次産業革命の進展でイノベーションが急速に起こっている。今回のイノベーションの源泉はデータだ。データがネットを通じて集められ、データがネットを通じて流通していくこと自体が源泉になっている。そういう意味でデータ流通が爆発的に増加しているが、一方でプライバシーやセキュリティーに関する不安が高まっている。またデータを囲い込んだり、データ流通を認めなかったりする動きが出てくる可能性がある。こうした新しい課題が貿易の中で起きているため、私が議長を務めるG20の貿易・デジタル経済大臣会合で議論が活発に行われるようリードしていく」
-多角的貿易体制を担う世界貿易機関(WTO)の機能低下が懸念されます。
「WTOがなかなか機能していないというのも貿易上の大きな課題だ。日本が自由貿易の旗手としてWTO改革にもコミットしていくことは極めて重要であり、そのためには世界最大の経済大国である米国にしっかりコミットして頂くことが重要だ。ただ、残念ながら米政権は基本的にマルチ(多国間)の交渉を否定し、バイ(2国間)で問題を解決する姿勢を取っている」
「日本政府としては米国にコミットしてもらうべく、日米欧の3極貿易大臣会合を大きなきっかけにしている。米国は、この会合だけは積極的に参加してくれており、現在までに5回開催した。その中で産業補助金、強制技術移転、デジタル経済化に対応するルール形成などの議論を行ってきた。この議論の延長の中でWTO改革も3極がリードしようと言うことで米国も一定程度、積極性を見せている。例えば産業補助金などの通報制度の改革については米国と日・EUが共同提案を行った。貿易・デジタル経済大臣会合の機会も活用しながら、WTO改革に他国も賛同してもらえるよう努めていく」
-WTOの枠組みにおける電子商取引(EC)の取り組み状況について教えてください。
「貿易ルールもデジタルに対応したルールを作らないといけない。そこで2017年12月のWTO閣僚会合の際に日本と豪州とシンガポールが共同議長となって有志国会合を立ち上げた。19年1月には世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で交渉開始の意思を確認する共同声明を有志国で出し、米国や中国を含む77カ国が署名してくれた。WTOの枠組みの中でデジタルやECに関する貿易ルールを作っていこうとするモメンタムが非常に高まっている。安倍晋三総理大臣がダボス会議でのスピーチで、G20大阪サミットの機会にデジタル貿易の国際的なルール作りに向けた『大阪トラック』の開始を表明すると宣言した。その首脳会議に先立つ閣僚会合でもWTOにおけるECの交渉を後押ししていく」
-そのダボス会議では、安倍首相が自由で公正かつ安全で信頼性の高いデータ流通「データ・フリー・フロー・ウィズ・トラスト(DFFT)」の概念を提唱しました。実現に向けて、日本の役割をどう考えますか。
「安倍首相によるDFFTの発言は、ダボス会議で最も注目を浴びたと思う。第4次産業革命や『ソサエティ5.0』を目指すには、イノベーションを続けないといけない。その基礎となるのが、やはりデータだ。信頼に基づく自由なデータ流通は、まさにイノベーションの基盤になる。しかも今までの情報革命の世界はデジタルに閉じた世界だったが、最近はデータに人工知能(AI)やIoT(モノのインターネット)が合流していくことにより、いよいよリアル(現実)とデジタルが融合し、垣根がない世界ができつつある」
「日本はモノづくりの現場にリアルデータが蓄積されており、世界的に見ても特異な強みがある。経済産業省が提唱する第4次産業革命に向けた戦略『コネクテッド・インダストリーズ』のコンセプトは、現場のリアルデータとAI、IoTを結び付けて世界に先駆けて現場初のイノベーションを起こすものだ。その前提としてデータは自由に流通でき、盗まれたり政府が検閲したりすることがあってはならない。ただ、そういう動きも出ているので、DFFTの概念が非常に重要になる。まだ概念的ではあるが、ECの貿易ルールなど、いろいろと整理しながらバージョンアップさせないといけない。ぜひ貿易・デジタル経済大臣会合の場でもDFFTの概念を各国に説明し、まずは共通の理解を作っていく」
-日本の製造業におけるデータ活用や生産性向上の考え方について教えてください。
「モノづくりの強みを持つ日本がコネクテッド・インダストリーズの考え方を取り入れ、現場に蓄積されたリアルデータを活用することにより、勝ち筋を切り開いていきたい。現在、コネクテッド・インダストリーズでは五つの重要分野を定めて集中的な取り組みを実施しており、その中の一つとしてモノづくり・ロボティクスを位置付けている。バリューチェーン全体を見据えてデータを活用したり、ロボットの導入によって製造現場を自動化したりすることにより、新たなビジネスモデルを構築するなど付加価値を作って生産性を向上させることが極めて重要だ」
「日本は精緻なモノづくりを行ってきており、その背景には良質なデータがある。これまで残念ながら現場に放置され、活用されていなかったが、今後は企業の垣根も越えながら、競争相手であっても協調領域を広げて、なるべく大きなデータとして良質なデータを共有し流通させることが重要だ。経産省も2018年度から、データを流通する仕組みを構築する実証プロジェクトをスタートさせた。すでに具体的な動きが出ており、例えばファナック、DMG森精機、三菱電機といった工作機械大手などが参画し、違うメーカーであってもデータを共有できる仕組みを作ろうとしている。世界に類を見ない、メーカーを越えたスマート製造の最先端を走る取り組みだ。これをロールモデルとして他の分野でもメーカーや業界を越えたデータの共有・流通が進むことを期待する」
ー環境と成長の好循環に向け、グリーンファイナンスの可能性をどう見ていますか。
「これからは企業にとって温暖化対策はコストがかかるネガティブな取り組みではなく、成長力の源泉になる。成長やイノベーションを環境分野でも起こしていかないといけない。そのためにはファイナンスも重要だ。資金がしっかり供給され、それを活用し、気候変動に関する取り組みのイノベーションを起こしていくことが非常に大切になる。その際、各企業には環境分野でのイノベーションに関して、どういう取り組みを行っているか、積極的な情報開示が求められる。また企業の動きに対して、金融機関が適切に評価し、ファイナンスをしていく資金循環メカニズムの構築が極めて重要になる」
-こうした機運を経済産業省としてどう後押ししますか。
「2018年12月に政府として世界で初めて、企業の気候変動に関する取り組みを開示する『TCFDガイダンス』を策定した。今後、2019年5月末には、TCFDに賛同した企業が集まり、産業界と金融界の対話の場として『TCFDコンソーシアム』を設立する。コンソーシアムではこのガイダンスについて業種や事例を追加して改訂したり、金融機関向けのグリーン投資ガイダンスを新たに策定していく。事業会社と金融機関向けの二つのガイダンスの策定や、コンソーシアムでの議論を通じて産業界と金融界のグリーンファイナンスに関する対話を促し、好循環を作っていきたい」
ー日本企業の貢献や強みが評価されるよう、国際的な議論の場において、どんな働きかけを行いますか。
「日本におけるTCFDの取り組みは若干遅れていたが、ここにきてその趣旨に賛同する企業が急増している。世界的にはTCFDに参画するのは金融機関が多いが、日本は製造業など産業側が多いのが特徴で、良い循環になっている。コンソーシアムの議論などを国内で閉じるのではなく、世界にも発信したい。世界の先進的な企業や投資家を一堂に集めた『TCFDサミット』を2019年秋に日本で開催したい。またG20の機会も生かしながら産業界と金融界の対話の重要性について議論し、関係閣僚会合の場でも積極的に発信する考えだ。産業界の声を踏まえた開示や評価のあり方について、国内の議論を世界と共有してグローバルな議論を日本がリードしたい」
-2018年に開催した『水素閣僚会議』を踏まえ、エネルギー転換や脱炭素化へ向けて今回のG20ではどのように議論を深めていきますか。
「エネルギー転換と脱炭素化を本当に進めていく意味では今のイノベーションの連続ではなく、一段飛びする、つまり非連続のイノベーションが必要だ。温暖化対策の国際ルール『パリ協定』に関する長期戦略の有識者懇談会では、水素を重要な要素に位置付けて頂いた。今後、策定する政府の長期戦略では水素のコストを2050年までに現在の10分の1以下、すなわち天然ガスよりも割安にする目標を盛り込むことを検討している。水素に関しては、日本は製造から貯蔵、輸送、利活用まで一貫した技術を完全に持っている唯一の国だ。この日本が世界を先導していくことが非常に重要であり、2018年10月に世界初の水素閣僚会議を開催し『東京宣言』を発表できた。東京宣言の実現に向けた取り組みが世界中で広がりつつある中、今年9月には2回目の水素閣僚会議を東京で開きたい」
「G20のエネルギー・環境閣僚会合の場でもエネルギー転換・脱炭素化のキーテクノロジーである水素の重要性、利活用の可能性について各国と議論したい。2年くらい前までは、水素は日本だけがやっていたという感覚であったが、日本が言い続けたことにより、今は大きく変わった。世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)でも水素に対する注目度は非常に高く、私は(水素に関する協議の場で)リードスピーカーの役割を割り当てられた。それだけ水素に注目が集まっているし、日本がリード役として認知されていると思う。G20は大きなチャンスであり、世界各国を巻き込むムーブメントを作り出したい。また化石燃料を産出している国も大きなチャンスであり、G20にはエネルギー産出国がたくさん参加するので水素の議論にしっかり巻き込んでいきたい」
ー今年3月には、燃料電池車(FCV)の大幅な値下げなど水素利用に関する目標を盛り込んだ「水素・燃料電池戦略ロードマップ」を改定し、野心的な目標を設定しました。
「ロードマップについては(省内に対して)目標を達成できるという強い思いを持って取りまとめてもらいたいと指示し、世の中にしっかりしたメッセージを出した。また2019年度の水素関連予算については1.5倍程度に増額させた。水素の予算を大きく増やしたのは、政府の本気度を示すものとなった」
-二酸化炭素(CO2)の分離・回収や技術開発を促進するため「カーボンリサイクル」という新たな概念も打ち出しました。実現に向け、今後どのように国際的な取り組みを進めますか。
「現在、CO2削減については、発生源を抑制するというアプローチで対応している。だが、これから発展途上国もどんどんエネルギーへのアクセスを獲得する中、発生源を抑える発想だけでは対処できない。この点についても非連続のイノベーションが重要であり、発生したCO2を回収・貯蔵し、利活用する発想が必要になる。これまでCO2を悪者として発生を抑えることを考えてきたが、CO2を供給源として捉えることが非常に重要となる。発想を転換し、カーボンリサイクルの技術を重視したロードマップを策定している」
ー具体的には。
「例えばCO2と水素を原料にして太陽光エネルギーでプラスチック原料などを作る触媒技術や、藻にCO2を供給してバイオ燃料に変える技術など、いろんな技術がある。この中で具体的にどの程度、その製品がCO2を削減できるポテンシャルがあるのか、技術開発のスケジュール感も含めて打ち出したい。まだフィージビリティ(事業の可能性)という段階でもあるが、削減のポテンシャルやコストダウンの可能性を示していきたい。エネルギー・環境相会合でロードマップを示し、各国と共有できれば良い。この分野でも日本が先手を取って主導する考えであり、9月25日に東京で『カーボンリサイクル産学官国際会議』を開催する。主要国の産学官を巻き込み、最新の知見や国際連携の可能性を確認してイノベーション推進のための課題について議論を深めたい」
イノベーションの源泉はデータ
-まず、貿易をめぐる世界情勢や課題をどう見ていますか。
「世界がインターネットでつながり、経済活動がグローバル化していく中で少し格差が発生し、グローバル化に対して不満や反発が出てきた。そこに政治的なポピュリズムも絡み、保護主義が台頭し拡大しているのが現状だ。特に世界の2大経済大国である米国と中国が貿易制限的措置を打ち合っており、それが世界経済に不透明感を醸し出し、実質的に成長も減速している。また保護主義的な動きだけでなく、鉄鋼の過剰生産問題など歪(いび)つな産業構造も世界経済に影響を与えている。日本が自由貿易の旗手として力を尽くす必要がある」
-米中対立が世界のリスクとなる中、日本はどんな役割を果たすべきですか。
「世界的には、日本がリード役となって(米国を除く)環太平洋連携協定(CPTPP)や日・欧州連合(EU)の経済連携協定(EPA)をまとめ、高い評価を受けている。その日本が自由で公正なルールに基づく通商枠組みを維持し発展させていくことが極めて重要だ。保護主義的な動きをしても貿易摩擦の根本的な原因を絶つことにはならない。市場歪曲的な産業補助金を撤廃させていくことなどにより、公平な競争条件を確保していく。それが問題解決の王道だと思う」
「一方で第4次産業革命の進展でイノベーションが急速に起こっている。今回のイノベーションの源泉はデータだ。データがネットを通じて集められ、データがネットを通じて流通していくこと自体が源泉になっている。そういう意味でデータ流通が爆発的に増加しているが、一方でプライバシーやセキュリティーに関する不安が高まっている。またデータを囲い込んだり、データ流通を認めなかったりする動きが出てくる可能性がある。こうした新しい課題が貿易の中で起きているため、私が議長を務めるG20の貿易・デジタル経済大臣会合で議論が活発に行われるようリードしていく」
WTO改革、「3極」で挑む
-多角的貿易体制を担う世界貿易機関(WTO)の機能低下が懸念されます。
「WTOがなかなか機能していないというのも貿易上の大きな課題だ。日本が自由貿易の旗手としてWTO改革にもコミットしていくことは極めて重要であり、そのためには世界最大の経済大国である米国にしっかりコミットして頂くことが重要だ。ただ、残念ながら米政権は基本的にマルチ(多国間)の交渉を否定し、バイ(2国間)で問題を解決する姿勢を取っている」
「日本政府としては米国にコミットしてもらうべく、日米欧の3極貿易大臣会合を大きなきっかけにしている。米国は、この会合だけは積極的に参加してくれており、現在までに5回開催した。その中で産業補助金、強制技術移転、デジタル経済化に対応するルール形成などの議論を行ってきた。この議論の延長の中でWTO改革も3極がリードしようと言うことで米国も一定程度、積極性を見せている。例えば産業補助金などの通報制度の改革については米国と日・EUが共同提案を行った。貿易・デジタル経済大臣会合の機会も活用しながら、WTO改革に他国も賛同してもらえるよう努めていく」
-WTOの枠組みにおける電子商取引(EC)の取り組み状況について教えてください。
「貿易ルールもデジタルに対応したルールを作らないといけない。そこで2017年12月のWTO閣僚会合の際に日本と豪州とシンガポールが共同議長となって有志国会合を立ち上げた。19年1月には世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で交渉開始の意思を確認する共同声明を有志国で出し、米国や中国を含む77カ国が署名してくれた。WTOの枠組みの中でデジタルやECに関する貿易ルールを作っていこうとするモメンタムが非常に高まっている。安倍晋三総理大臣がダボス会議でのスピーチで、G20大阪サミットの機会にデジタル貿易の国際的なルール作りに向けた『大阪トラック』の開始を表明すると宣言した。その首脳会議に先立つ閣僚会合でもWTOにおけるECの交渉を後押ししていく」
DFFT、まずは共通理解を
-そのダボス会議では、安倍首相が自由で公正かつ安全で信頼性の高いデータ流通「データ・フリー・フロー・ウィズ・トラスト(DFFT)」の概念を提唱しました。実現に向けて、日本の役割をどう考えますか。
「安倍首相によるDFFTの発言は、ダボス会議で最も注目を浴びたと思う。第4次産業革命や『ソサエティ5.0』を目指すには、イノベーションを続けないといけない。その基礎となるのが、やはりデータだ。信頼に基づく自由なデータ流通は、まさにイノベーションの基盤になる。しかも今までの情報革命の世界はデジタルに閉じた世界だったが、最近はデータに人工知能(AI)やIoT(モノのインターネット)が合流していくことにより、いよいよリアル(現実)とデジタルが融合し、垣根がない世界ができつつある」
「日本はモノづくりの現場にリアルデータが蓄積されており、世界的に見ても特異な強みがある。経済産業省が提唱する第4次産業革命に向けた戦略『コネクテッド・インダストリーズ』のコンセプトは、現場のリアルデータとAI、IoTを結び付けて世界に先駆けて現場初のイノベーションを起こすものだ。その前提としてデータは自由に流通でき、盗まれたり政府が検閲したりすることがあってはならない。ただ、そういう動きも出ているので、DFFTの概念が非常に重要になる。まだ概念的ではあるが、ECの貿易ルールなど、いろいろと整理しながらバージョンアップさせないといけない。ぜひ貿易・デジタル経済大臣会合の場でもDFFTの概念を各国に説明し、まずは共通の理解を作っていく」
-日本の製造業におけるデータ活用や生産性向上の考え方について教えてください。
「モノづくりの強みを持つ日本がコネクテッド・インダストリーズの考え方を取り入れ、現場に蓄積されたリアルデータを活用することにより、勝ち筋を切り開いていきたい。現在、コネクテッド・インダストリーズでは五つの重要分野を定めて集中的な取り組みを実施しており、その中の一つとしてモノづくり・ロボティクスを位置付けている。バリューチェーン全体を見据えてデータを活用したり、ロボットの導入によって製造現場を自動化したりすることにより、新たなビジネスモデルを構築するなど付加価値を作って生産性を向上させることが極めて重要だ」
「日本は精緻なモノづくりを行ってきており、その背景には良質なデータがある。これまで残念ながら現場に放置され、活用されていなかったが、今後は企業の垣根も越えながら、競争相手であっても協調領域を広げて、なるべく大きなデータとして良質なデータを共有し流通させることが重要だ。経産省も2018年度から、データを流通する仕組みを構築する実証プロジェクトをスタートさせた。すでに具体的な動きが出ており、例えばファナック、DMG森精機、三菱電機といった工作機械大手などが参画し、違うメーカーであってもデータを共有できる仕組みを作ろうとしている。世界に類を見ない、メーカーを越えたスマート製造の最先端を走る取り組みだ。これをロールモデルとして他の分野でもメーカーや業界を越えたデータの共有・流通が進むことを期待する」
ー環境と成長の好循環に向け、グリーンファイナンスの可能性をどう見ていますか。
「これからは企業にとって温暖化対策はコストがかかるネガティブな取り組みではなく、成長力の源泉になる。成長やイノベーションを環境分野でも起こしていかないといけない。そのためにはファイナンスも重要だ。資金がしっかり供給され、それを活用し、気候変動に関する取り組みのイノベーションを起こしていくことが非常に大切になる。その際、各企業には環境分野でのイノベーションに関して、どういう取り組みを行っているか、積極的な情報開示が求められる。また企業の動きに対して、金融機関が適切に評価し、ファイナンスをしていく資金循環メカニズムの構築が極めて重要になる」
-こうした機運を経済産業省としてどう後押ししますか。
「2018年12月に政府として世界で初めて、企業の気候変動に関する取り組みを開示する『TCFDガイダンス』を策定した。今後、2019年5月末には、TCFDに賛同した企業が集まり、産業界と金融界の対話の場として『TCFDコンソーシアム』を設立する。コンソーシアムではこのガイダンスについて業種や事例を追加して改訂したり、金融機関向けのグリーン投資ガイダンスを新たに策定していく。事業会社と金融機関向けの二つのガイダンスの策定や、コンソーシアムでの議論を通じて産業界と金融界のグリーンファイナンスに関する対話を促し、好循環を作っていきたい」
ー日本企業の貢献や強みが評価されるよう、国際的な議論の場において、どんな働きかけを行いますか。
「日本におけるTCFDの取り組みは若干遅れていたが、ここにきてその趣旨に賛同する企業が急増している。世界的にはTCFDに参画するのは金融機関が多いが、日本は製造業など産業側が多いのが特徴で、良い循環になっている。コンソーシアムの議論などを国内で閉じるのではなく、世界にも発信したい。世界の先進的な企業や投資家を一堂に集めた『TCFDサミット』を2019年秋に日本で開催したい。またG20の機会も生かしながら産業界と金融界の対話の重要性について議論し、関係閣僚会合の場でも積極的に発信する考えだ。産業界の声を踏まえた開示や評価のあり方について、国内の議論を世界と共有してグローバルな議論を日本がリードしたい」
水素の利活用 議論深めたい
-2018年に開催した『水素閣僚会議』を踏まえ、エネルギー転換や脱炭素化へ向けて今回のG20ではどのように議論を深めていきますか。
「エネルギー転換と脱炭素化を本当に進めていく意味では今のイノベーションの連続ではなく、一段飛びする、つまり非連続のイノベーションが必要だ。温暖化対策の国際ルール『パリ協定』に関する長期戦略の有識者懇談会では、水素を重要な要素に位置付けて頂いた。今後、策定する政府の長期戦略では水素のコストを2050年までに現在の10分の1以下、すなわち天然ガスよりも割安にする目標を盛り込むことを検討している。水素に関しては、日本は製造から貯蔵、輸送、利活用まで一貫した技術を完全に持っている唯一の国だ。この日本が世界を先導していくことが非常に重要であり、2018年10月に世界初の水素閣僚会議を開催し『東京宣言』を発表できた。東京宣言の実現に向けた取り組みが世界中で広がりつつある中、今年9月には2回目の水素閣僚会議を東京で開きたい」
「G20のエネルギー・環境閣僚会合の場でもエネルギー転換・脱炭素化のキーテクノロジーである水素の重要性、利活用の可能性について各国と議論したい。2年くらい前までは、水素は日本だけがやっていたという感覚であったが、日本が言い続けたことにより、今は大きく変わった。世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)でも水素に対する注目度は非常に高く、私は(水素に関する協議の場で)リードスピーカーの役割を割り当てられた。それだけ水素に注目が集まっているし、日本がリード役として認知されていると思う。G20は大きなチャンスであり、世界各国を巻き込むムーブメントを作り出したい。また化石燃料を産出している国も大きなチャンスであり、G20にはエネルギー産出国がたくさん参加するので水素の議論にしっかり巻き込んでいきたい」
ー今年3月には、燃料電池車(FCV)の大幅な値下げなど水素利用に関する目標を盛り込んだ「水素・燃料電池戦略ロードマップ」を改定し、野心的な目標を設定しました。
「ロードマップについては(省内に対して)目標を達成できるという強い思いを持って取りまとめてもらいたいと指示し、世の中にしっかりしたメッセージを出した。また2019年度の水素関連予算については1.5倍程度に増額させた。水素の予算を大きく増やしたのは、政府の本気度を示すものとなった」
カーボンリサイクルで国際連携を
-二酸化炭素(CO2)の分離・回収や技術開発を促進するため「カーボンリサイクル」という新たな概念も打ち出しました。実現に向け、今後どのように国際的な取り組みを進めますか。
「現在、CO2削減については、発生源を抑制するというアプローチで対応している。だが、これから発展途上国もどんどんエネルギーへのアクセスを獲得する中、発生源を抑える発想だけでは対処できない。この点についても非連続のイノベーションが重要であり、発生したCO2を回収・貯蔵し、利活用する発想が必要になる。これまでCO2を悪者として発生を抑えることを考えてきたが、CO2を供給源として捉えることが非常に重要となる。発想を転換し、カーボンリサイクルの技術を重視したロードマップを策定している」
ー具体的には。
「例えばCO2と水素を原料にして太陽光エネルギーでプラスチック原料などを作る触媒技術や、藻にCO2を供給してバイオ燃料に変える技術など、いろんな技術がある。この中で具体的にどの程度、その製品がCO2を削減できるポテンシャルがあるのか、技術開発のスケジュール感も含めて打ち出したい。まだフィージビリティ(事業の可能性)という段階でもあるが、削減のポテンシャルやコストダウンの可能性を示していきたい。エネルギー・環境相会合でロードマップを示し、各国と共有できれば良い。この分野でも日本が先手を取って主導する考えであり、9月25日に東京で『カーボンリサイクル産学官国際会議』を開催する。主要国の産学官を巻き込み、最新の知見や国際連携の可能性を確認してイノベーション推進のための課題について議論を深めたい」