迫るマネロン国際審査、焦るメガバンクが打ち出す策とは?
国際調査団が10月立ち入り、対応遅れは国際的な信用失墜
国際的に要求が高まるマネーロンダリング(資金洗浄)対策について、国内の金融機関は不安を隠しきれない。2019年10月に国際的な政府間会合のFATF(金融活動作業部会)は金融機関や業界団体に立ち入り審査を実施する。結果次第では、金融機関として最も重視される国際的な信用力を失墜しかねない。わが国の3メガバンクは今、国際的課題への対応を迫られている。
マネーロンダリングは、麻薬売買や脱税などの違法な手段で得た資金を口座から口座へ移し替え、資金の出所や受益者を分からなくする。反社会勢力、テロリストの活動資金に利用される恐れがあり、各国だけの対策では不十分で国際協力が求められている。
マネロン対策がしっかり整備されているかを審査する役割を担うのがFATFだ。秋に行われる審査で対応不足が指摘されると、金融機関の国際信用力が毀損(きそん)するほか、金融行政を監督する財務省や金融庁も海外から厳しい見方をされることになる。
全国銀行協会の高島誠会長(三井住友銀行頭取)は「FATFの審査は、今年の大きなイベントの一つだ。銀行界を挙げてしっかりと対応する必要がある」と強調。さらに、世界的にテロが頻発している状況を受け、「求められる対策の水準が年々高まっている」という。
3メガバンクはそれぞれ対策を急いでいる。みずほ銀行は、6月から新規取引を開始する場合、顧客に取引目的などの追加情報を確認する。さらに取引継続中の顧客であっても、現住所を確認するほか、取引目的なども把握できるようにする。
「これまで以上に手続きに手間と時間がかかり、戸惑いを感じられる方がいるかもしれない」(藤原弘治頭取)としながらも、「日本の“アンチ・マネロン体制”について、海外から信用を得るには欠かせない」(同)と重要な対策と見ている。三井住友銀行も同様に対応するもようだ。
三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)は、米ニューヨークに対策本部を設置した。「グローバルにみると(マネロン対策に関する)米国のスタンダードは高い」(三毛兼承社長)とし、グローバル金融犯罪対策を進める姿勢を示す。
各行いずれもマネロン対策に躍起になっているが、銀行界からは対策に一部でも「穴を開けることができない」(みずほ銀行の藤原頭取)といった声も相次いでおり、焦りの色も見られる。
マネロン対策は海外だけでなく、国内でも強く求められるようになってきた。政府は不正な資金の流れに対する監視体制を強めている。背景には、マネロンが懸念される報告が急増している状況がある。
警視庁が18年にまとめた「疑わしい取引の届け出受理および提供件数」によると、疑わしい取引の届け出受理件数は、この10年で5割増え、18年については41万件と過去最高となった。
金融機関からの届け出受理件数は18年が40万件と、ほぼすべてが銀行、信用金庫などで占めている。社会全体の法令順守意識が高まり、政府や金融機関が反社会勢力や不正な資金移動への警戒を強めているためと見られる。
金融庁は18年2月に「マネー・ロンダリングおよびテロ資金供与対策に関するガイドライン」をまとめ、4月に改訂版を発表した。注目されたのは金融機関がリスクを踏まえて対応する「リスクベース・アプローチ」。
金融機関が自社のマネロン・テロ資金供与に関するリスクを特定・評価し、これを低減するため、リスクに見合った対策を講じるよう求めている。FATFを意識した取り組みの一つと言え、金融機関もこれを意識している。
ただリスク管理を金融機関の判断に委ねているため、メガバンクと地域金融機関で対応に大きな開きが生まれる恐れもある。銀行界では「銀行ごとに対応が異なることで、顧客が戸惑ってしまうかもしれない」(大手金融機関幹部)との指摘も出始めている。
FATFが08年に実施した審査は、国内金融機関によるマネロン対策不足を露呈する形となった。審査項目のうち25項目で改善を求められ、諸外国の金融機関に比べて対策の遅れが鮮明になった。そのため、19年10月の審査では、各金融機関いずれも「万全の体制で臨む」(金融関係者)。
FATFによる審査は大きく2段階ある。まず「オフサイト」と呼ばれる書類での審査があり、その後に「オンサイト」という関係者へのヒアリング・立ち入り審査を受ける仕組みになっている。金融機関関係者によると、「細部までチェックされ、とても厳しい内容」という。
19年10月予定のFATFによる立ち入り審査に先立ち、財務省・金融庁、警視庁が各金融機関の実施するマネロン対策の現状を調べており、5月にも報告書をまとめる。
審査の内容は金融機関自らがリスクをどう削減するか、顧客の属性や取引をどう確認するかなど、40項目から成るFATFの「40の勧告」に基づく。
また財務省・金融庁は、適切な監督・モニターによる規制や疑わしい取引報告などが盛り込まれたFATFの「11の直接的効果」を念頭に、各金融機関が取り組むマネロン対策の有効性について7月までに報告することになっている。
こうした報告などを踏まえ、FATFは10月に調査団を日本に派遣し、金融機関に直接ヒアリングする。前回(08年)の審査では、政府の法整備に主眼が置かれていたが、10月は政府だけでなく金融機関によるマネロン・テロ対策の取り組みが焦点となる。
各金融機関のマネロン対策、テロ資金供与リスクに関する理解度をはじめ、経営陣が主体となり対応に取り組む姿勢などが問われる見通し。そのため、これまでの取り組みの進捗(しんちょく)状況など具体的かつ詳細な説明が求められる。調査結果については20年8月に発表する予定だ。
ここであらためて改善が求められる事態になれば、国内金融機関の国際的な信用はさらに下がる。
(文・浅野文重)
反社やテロ組織の活動資金に
マネーロンダリングは、麻薬売買や脱税などの違法な手段で得た資金を口座から口座へ移し替え、資金の出所や受益者を分からなくする。反社会勢力、テロリストの活動資金に利用される恐れがあり、各国だけの対策では不十分で国際協力が求められている。
マネロン対策がしっかり整備されているかを審査する役割を担うのがFATFだ。秋に行われる審査で対応不足が指摘されると、金融機関の国際信用力が毀損(きそん)するほか、金融行政を監督する財務省や金融庁も海外から厳しい見方をされることになる。
全国銀行協会の高島誠会長(三井住友銀行頭取)は「FATFの審査は、今年の大きなイベントの一つだ。銀行界を挙げてしっかりと対応する必要がある」と強調。さらに、世界的にテロが頻発している状況を受け、「求められる対策の水準が年々高まっている」という。
3メガバン、対策急ぐ
3メガバンクはそれぞれ対策を急いでいる。みずほ銀行は、6月から新規取引を開始する場合、顧客に取引目的などの追加情報を確認する。さらに取引継続中の顧客であっても、現住所を確認するほか、取引目的なども把握できるようにする。
「これまで以上に手続きに手間と時間がかかり、戸惑いを感じられる方がいるかもしれない」(藤原弘治頭取)としながらも、「日本の“アンチ・マネロン体制”について、海外から信用を得るには欠かせない」(同)と重要な対策と見ている。三井住友銀行も同様に対応するもようだ。
三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)は、米ニューヨークに対策本部を設置した。「グローバルにみると(マネロン対策に関する)米国のスタンダードは高い」(三毛兼承社長)とし、グローバル金融犯罪対策を進める姿勢を示す。
各行いずれもマネロン対策に躍起になっているが、銀行界からは対策に一部でも「穴を開けることができない」(みずほ銀行の藤原頭取)といった声も相次いでおり、焦りの色も見られる。
マネロン対策は海外だけでなく、国内でも強く求められるようになってきた。政府は不正な資金の流れに対する監視体制を強めている。背景には、マネロンが懸念される報告が急増している状況がある。
警視庁が18年にまとめた「疑わしい取引の届け出受理および提供件数」によると、疑わしい取引の届け出受理件数は、この10年で5割増え、18年については41万件と過去最高となった。
金融機関からの届け出受理件数は18年が40万件と、ほぼすべてが銀行、信用金庫などで占めている。社会全体の法令順守意識が高まり、政府や金融機関が反社会勢力や不正な資金移動への警戒を強めているためと見られる。
金融庁は18年2月に「マネー・ロンダリングおよびテロ資金供与対策に関するガイドライン」をまとめ、4月に改訂版を発表した。注目されたのは金融機関がリスクを踏まえて対応する「リスクベース・アプローチ」。
金融機関が自社のマネロン・テロ資金供与に関するリスクを特定・評価し、これを低減するため、リスクに見合った対策を講じるよう求めている。FATFを意識した取り組みの一つと言え、金融機関もこれを意識している。
メガバンと地銀で対応に開きも
ただリスク管理を金融機関の判断に委ねているため、メガバンクと地域金融機関で対応に大きな開きが生まれる恐れもある。銀行界では「銀行ごとに対応が異なることで、顧客が戸惑ってしまうかもしれない」(大手金融機関幹部)との指摘も出始めている。
FATFが08年に実施した審査は、国内金融機関によるマネロン対策不足を露呈する形となった。審査項目のうち25項目で改善を求められ、諸外国の金融機関に比べて対策の遅れが鮮明になった。そのため、19年10月の審査では、各金融機関いずれも「万全の体制で臨む」(金融関係者)。
FATFによる審査は大きく2段階ある。まず「オフサイト」と呼ばれる書類での審査があり、その後に「オンサイト」という関係者へのヒアリング・立ち入り審査を受ける仕組みになっている。金融機関関係者によると、「細部までチェックされ、とても厳しい内容」という。
19年10月予定のFATFによる立ち入り審査に先立ち、財務省・金融庁、警視庁が各金融機関の実施するマネロン対策の現状を調べており、5月にも報告書をまとめる。
審査の内容は金融機関自らがリスクをどう削減するか、顧客の属性や取引をどう確認するかなど、40項目から成るFATFの「40の勧告」に基づく。
また財務省・金融庁は、適切な監督・モニターによる規制や疑わしい取引報告などが盛り込まれたFATFの「11の直接的効果」を念頭に、各金融機関が取り組むマネロン対策の有効性について7月までに報告することになっている。
金融機関に直接ヒアリング、詳細な説明が必要
こうした報告などを踏まえ、FATFは10月に調査団を日本に派遣し、金融機関に直接ヒアリングする。前回(08年)の審査では、政府の法整備に主眼が置かれていたが、10月は政府だけでなく金融機関によるマネロン・テロ対策の取り組みが焦点となる。
各金融機関のマネロン対策、テロ資金供与リスクに関する理解度をはじめ、経営陣が主体となり対応に取り組む姿勢などが問われる見通し。そのため、これまでの取り組みの進捗(しんちょく)状況など具体的かつ詳細な説明が求められる。調査結果については20年8月に発表する予定だ。
ここであらためて改善が求められる事態になれば、国内金融機関の国際的な信用はさらに下がる。
(文・浅野文重)
日刊工業新聞2019年4月30日( 金融・商況 )